バレンタイン

 

 

 

「タカちゃん、明日はバレンタインデーだよ?」

「ん?ああ、そうだな14日だもんな」

「という事で、ハイ、これ」

貴明の手に一冊の本を渡す花梨。

「これって……」

「うん、チョコの作り方の本さ」

「……何故それを俺に?」

彼の問いかけをスルーして本を渡した本人は笑顔でサムズアップ。

「(ビッ)明日、期待してるからね!!」

「俺が作るのかよ!普通、逆だろ!!」

「ちっちっち、甘いなータカちゃん。バレンタインにチョコをあげるっていう風習は日本のお菓子メーカー利益向上の為に勝手に作ったものなんだよ?」

オーケー?っと貴明に向かって指をつきつける花梨。

「チョコを贈るっていうのは日本独自の風習。本家ではお世話になった人にカードや花束を贈るものなのさ」

「……で?その話とこの本。どんな因果関係があるんだ?」

「あたし、お世話した人」

自分を指差した後今度は貴明のほうを指し、

「タカちゃん、お世話された人」

さもいい事言ったという感じで彼女は自分の腰に手を当て

「ほーら、ちゃんと理由があるよ!」

ムカつくほど自信満々に言い放った。

「ああ、そうだね世話に……誰がなるかー!!!」

「おおう、タカちゃんがノリツッコミを習得してる。……やるわね!」

目を無意味に光らせしなくてもよい感心をする会長。

「そんな事はどうでもいいんだよ!!いつ、誰が、何処で、誰に世話になったっていうんだ!!」

「やだなー、いつも花梨が一生懸命お世話してあげてるじゃない。主に部活とか部活とか部活とかでさ!!」

「……本気でそう思ってるのなら一度脳みその点検をしてきてもらえ」

世話をされているというよりも被害ばっかり受けている本人にしてみれば戯言にしか聞こえない発言である。

「もう、酷いなータカちゃんは。いっぱいお世話してあげてるじゃない」

「だから、誰「うちの部活のメンバーは」……え?」

「あたしはともかくとして、ゆっきーや愛佳、るーこちゃんにいくのん、ちゃるによっち。タカちゃんはこのメンツに向かって「世話になってなどいない!!」って自信満々にいえるのかなー?」

意地の悪い視線にさらされ、返す言葉もなく貴明は下を向いてしまう。

愛佳や優季さんには色々と食べ物もらってるし、郁乃やちゃるからは本も借りてる。るーこにはお茶の時に世話になってるし、よっちは課外活動でも苦労を分かち合っている友だ。

そう思っているため例え本人達がいなくても世話になっていないなどとは言えない。でもここで世話になっているなどといえば花梨の要求を聞かなくてはならなくなる。故の無言。

「言えないよねー。言えるわけ無いもんねー。みんなにいっぱいお世話になってるもんね、タカちゃんは」

当然彼女もその事は理解した上で口から出している。

追求を緩めない所をみると、どうやら本気で彼にチョコを作らせたいらしい。イベント大好き人間な彼女の事だ。これを機会に騒ぎたいのだろう。

もっともここまできてしまえば将棋における詰みと同じでもう相手に逃げ場はなく、後は投了を待てばいいだけであるが。

「ぐう……」

その事を自覚し唸る貴明。なんとか逃げ道を探そう試みるが、口では相手のほうが格段に上なためいい手が浮かばない。

「どうなのかなー、タカちゃん?貰えたらみんな、とっても喜ぶと思うんだけどなー」

その状態での最後通告。彼にできるのは最早頷く事だけである。

「……期待は、するなよ」

その言葉を受け花梨はパァーっと顔を輝かせ、

「うん、じゃあタカちゃんも納得してくれたみたいなんで、改めてよろしく!あ、今日は部活はいいからゆっくりいいものをつくってちょうだいな!!」

いらん期待をかけその場を後にしていくのだった。

後に残されたのは一冊の本と疲れた顔をした貴明のみ。

「はぁ……」

思わず溜息が出てしまうのだった。

 

次の日……

 

「ほらよ」

やる気の無い口調と共に取り出された箱がみんなの前に晒される。

「おお、流石タカちゃん!!やるときゃやるね、あたしは信じてたさ!!では早速……」

言うが早いか箱に手をかける会長。

蓋が外れ皆の目に入ってきたものは、

「わ!チョコレートケーキッスか!」

そう、ホールのケーキ、チョコレート仕様タイプであった。

お店で売られているみたい……とはいかないものの、素人が初めて作ったものにしてはよく出来たしろものである。

それは場にいる殆んどの人間がそう思っており、瞳に感心の色を宿らせ熱心に目の前の処女作に見入っていた。

「へぇ、中々上手く出来てるじゃな……お姉ちゃんや優季さんには負けてるけど」

「い、郁乃〜」

はわはわと妹の暴言に対して注意しようとするがその前に貴明が苦笑しながら首を振る。

「いいよ、本当の事だしな。でも味はそこそこいけると思うぜ?タマ姉に及第点をもらったしな」

「及第点って……合格点じゃないんスか、先輩?」

「ははは、昨日誰かさんに言われて急いで作ったもんなんだよ。そこまで期待してくれるな」

「そうだ。料理のかけらも出来ないよっちは黙っていた方がいい。惨めにみえるぞ?」

鼻で笑われ、カッチーンとタヌキっ子に怒りの火がつく。

「うっさい!自分が少しできるからって威張るな、この貧乳!!」

「違うぞ、よっち」

貧乳呼ばわりを無視し、チッチッチと指を振り、

「『少し』ではない。よっちと比べるなら『かなり』が正しい」

「こ、こいつー!!」

「止めておけ。今日だけは何を言っても自分を貶めるだけだ」

「うう〜!!」

よっちの言い返せない口からは唸り声だけが出てくる。

それがあまりにも憐れに見えたのだろう。

「まあまあ。喧嘩なさらずに。なんでしたら私がお料理を教えてもいいですよ?」

静観していた優季が助け舟を出してやった。

「ほ、本当ッスか!?」

「ええ、一緒に頑張りましょう」

そう言って包容力満点の微笑みで小さくガッツポーズをしてみせる。

みるみる顔に生気が戻っていくよっち。

「よろしくお願いしますッス、師匠!!」

「はい、お任せくださいね」

ここに、何やら妙な師弟関係が成立してしまうのだった。

 

「うー」

「ん、なんだるーこ?」

目の前の寸劇をボケッと見ていた貴明がるーこの呼びかけによって意識を戻す。

「見ているだけではつまらん。るーも食っていいか?」

と、宇宙人が指差した先には貴明作のケーキがある。

あるのだが……

「お前ら……」

こめかみを押さえて嘆息する貴明。

「あは、あはははは。いや、タカちゃん取り込み中でさー、声かけにくかったんよ」

「そ、そうです!!決してつまみ食いしようなんて思ってなかったんですから!!」

指先にチョコをくっ付けてプルプルと首を振るフライング組み。

るーこでさえ待っていたのに全くこの二人は……

「ま、お姉ちゃんの目の前にお菓子置いておいていつまでも無事って考えるほうが間違いよね」

へっと皮肉めいた笑みを浮かべツンデレ妹が姉に追い討ちをかける。

これも一種の愛情表現なので軽く流せばいいものの、妹に対してはやけに鈍いお姉ちゃんはここでムキになってしまいます。

「郁乃〜!お姉ちゃんそんな食いしん坊じゃないもん、ないもん!!」

「どうだか。この前だってお兄ちゃんにあげようとして作ったクッキー、お腹空いたって結局は自分で食べちゃったじゃない」

「あー!それは喋っちゃ駄目って言ったのにー!!」

「あれ、そうだっけ?」

「郁乃〜!!!」

涙目になりながら止めようとする姉。だけどそ知らぬ顔の妹。

このまま暫く続きそうな雰囲気だが、今回はからかいすぎたのだろう。

「いいもん、あたしも郁乃の秘密言っちゃうんだから!!」

爆弾発言が飛び出した。

「え?ちょっとお姉ちゃん?」

戸惑いの声は聞こえず、愛佳は言葉を続ける。

「たかあき君!!」

「お、おう」

「この前のお弁当!あれあたしが作ったんじゃなくて実は郁乃との合作なの!!」

「……そうなのか?」

首を捻ったその先には、急激に顔の温度を上昇させて首をシェイクする郁乃の姿。

「ち、違うわよ!!だ、誰があんたの為なんかに……」

「それから最近持ってくるおやつ!あれもあたしと郁乃とで作ってるの!!」

静止を振り切り、ヒートアップを続ける愛佳。

「あー、だから最近いくのんおやつの出来気にしてたのかー」

「よくうーに感想を求めていたな」

ペロペロと手についたチョコを嘗め、納得顔の会長と宇宙人。

「っておい、るーこ。何お前まで食べてるんだよ?」

「る?うーかりが一口ぐらいならいいと言っていたぞ?」

「……会長」

「ま、まぁいいじゃないのさ!それよりも美味しいじゃん、これ。予想外の出来に花梨ちゃんビックリ」

「うむ、るーもビックリだ」

「そりゃそうだろうよ。なんたってタマ姉に教わったんだ。不味いもんなんか作れないって」

と、目の下に隈を浮かべて笑う貴明。

昨日、どうしようか悩んだあげく、結局は料理の出来る人に助けてもらおうと思った彼。選んだ先が環だった。

しかしすぐにその選択を後悔することになる。ああ、これなら春夏さんに助けてもらった方がよかったと。

なんせ相手はあのタマ姉だ。教える以上は徹底的に妥協無くいく。故に、OKが出るまで何度もやり直し。

しかも事情を聞いて自分とこのみの分も要求してきたのだ。結局全工程が終わる頃には日の出を拝むはめとなっていた。

「いやー、本当きつかった」

「タカちゃん、そんな苦労してまであたしの為に……うう、会長冥利につきるわねー」

「いや、別に会長の為だけってわけじゃないんだけど……」

「わかってるわよぉ、皆の為、よね」

親指を上げる会長に苦笑いで答える貴明。ふふっと微笑みを浮かべながらそれを見るるーこ。

和やかなムードだがこの部室にいる以上、そんなものはいつまでも続かない。

「そうなの皆の為なの!!」

未だテンパッたままの愛佳が雰囲気をぶち壊す。

「でもそれは口実で、本当は郁乃たかあきくんの感想聞きながら日夜努力をしているにょよ!!」

「お姉ちゃん!!!」

「愛佳、どうでもいいがかんでるぞ?」

「おいしいって言われた日にはそりゃもう嬉しそうにねー!!」

「うわー、お姉ちゃん!!あたしが悪かった!!だからそれ以上はやめてー!!」

妹、遂に負け必死に姉を止めようとする。

「よし、るーも手伝ってやろう」

「あ、有難うございます、るーこ先輩」

「ちょっ!!まだ言い足りなモゴっ!!」

二人がかりで取り押さえられてしまう愛佳。

むーっともがいているが流石にもう喋れなかった。

その事を確認し、

「お、お兄ちゃん!!」

「あ、なんだ?」

「とりあえずケーキ食べよう!!」

何時までも抑えているわけにはいかないので違う事に気を向かせる作戦に出る。

「ね!!!」

「あ、ああ……」

「うんうん、そうだね。あたしもそろそろ食べたい頃あいさ」

「……会長、さっき食べてたじゃん」

「やっぱりつまみ食いとは別なんよ。さ、いくのんの為にもとっとと切っちゃおうか!」

そして花梨は包丁を握り、器用にケーキを当分していくのだった。

 

「じゃあ、みんな渡ったねー!」

数分後。騒いでいた部屋内はすっかり静まっており、みんな目の前にケーキを浮かべじっと時を待っている。

「じゃ、あたしのわがままを真に受けてくれたタカちゃんに感謝しつつ!」

「おい!」

その言い草にツッコミを入れかけるが、隣の優季に抑えられ黙りこむ。

予定調和のそれを笑顔で確認し、花梨は続きを発する。

「いただいちゃいましょうか!!」

「「「「「「いただきまーす!」」」」」」

響き渡るみんなの声。

その後に聞こえてくる様々な評価。指摘(優季)、賛美(ちゃる)、妬み(よっち)……etc,etc

色々な意見を耳にしつつ、偶にはみんなに振舞うのも悪くはないかと心の中で思う貴明なのだった」

「だから、勝手に人のセリフ作るんじゃねー!!!」

「いいじゃん、そう終わった方が綺麗だよ?」

「もうあんなのはこりごりだっつーの!!」

「でも、もう無理さ!みんなが望んでいる以上、タカちゃんは絶対作って来てくれるもんねー!」

「何?」

振り向いた先にはみんなの笑顔。

「先輩。おいしかった。次もよろしく」

「今度はあたしのも食べてももらうッスからねー!!そしてあっと言わせちゃる!」

「貴明さん。次はもうちょっと改良してみましょうか。大丈夫ですよ、貴明さんはやれば出来ますって」

「あのー、たかあきくん。今度からあたしたちと一緒にお菓子作らない?そうすれば郁乃も……」

「だー!余計な事言わなくていいから、お姉ちゃん!!お兄ちゃんがこれだけ出来るんだったら一人で作ってもらえばその分多く食べられるわよ!」

「は!それはいいかも!!でも、あたしもたかあき君とお菓子つくりしたいし……うーん、悩むなー」

「うー、頑張れ。るーは期待している」

言い方は様々であるが、内容は共通している。

つまり、また作って来いって事。

「さ、どうするのかなー、タカちゃんは?とりあえずあたし的には今度はホワイトデーに希望したいんだけど」

「はぁ?その時も俺が作るのかよ!!」

「もっちろん!!期待してるからね、タカちゃん!!」

意地の悪そうな顔で花梨はそう告げる。

「……本当、期待はするなよ」

疲れたような息と一緒に言葉も同時に出す。

最近、諦めモードが板についてきている貴明なのであった。

 

 

 

おまけ

「あ、そうそうタカちゃん、これ」

箱を渡される貴明。開くとそこには大きく『義理』と書かれたハート型のチョコレートが入っていた。

「これって……」

「ま、まぁ、今日はタカちゃんが持ってくるって言うからみんなには持ってこさせなかったんだけど、やっぱり部としては一つもあげないのも可愛そうかなーってさ。だから部を代表してあたしが作ってきたんよ」

「会長……」

何やら貴明から感動してるっポイ視線を受けポリポリと頬を掻きながら照れ隠しにそっぽを向く花梨。で、向いた先には……

「あー、会長が抜け駆けしてるッス!!」

それぞれの不満顔があったとさ。

「ずるい、私達にはもってくるなと言っておいて自分だけ……」

「花梨、それは酷いと思うの!!郁乃だって……」

「あー!お姉ちゃん、もういいから!本ッ当もういいから!!!」

「る?なぜみんなは怒っているのだ?」

「それはみなさんが乙女だって事ですよ。まぁ、私もその一人ではありますが……」

部員達から非難の視線を一身に受け、流石の会長も一歩後ろにさがる。

「え、え?ちょっとみんな、何怒ってるの?あたしはただ部を代表として渡しただけなんよ?」

私情は含まないとはいっているものの、それでは納得しないのがこの部員達。

「「「「「渡すという行為に問題があるんです!!!」」」」」

「うわっ、やべー!!」

話し合いが通じないとみるやいなや一目散で逃げ出す会長。

「あ、逃げた!」

「追えー!!」

そして始まる一対五の追いかけっこ。そのため皆部屋から去っていき、残ったのは朴念仁と宇宙人。

「……取り合えず、食うか?」

「うむ、美味そうだ」

会長が作ったものとは思えないほど美味く、二人仲良く食べましたとさ。





おしまい




おまけ2

「ちょっと!!今回はあたしがオチ担当ってわけー?!」

「「「「「まてー!!」」」」」

「うわーん!タカちゃん助けてよー!!」






今度こそおしまい
 

 

 

あとがき

今更バレンタインの事書くのもどうかと思うのですが、まぁネタが浮かんだのでいいやと投下。

短時間で書き上げた為ツッコミどころ満載ですが、華麗にスルーしていただけたら嬉しいです。

では。

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