ミステリー研究会の優雅な日々
「というわけで、吉岡チエ!これからよろしくお願いしますッス!!」
彼女のお辞儀と同時に部屋にいる人達からパチパチといったみんなからの歓迎の拍手が湧き上がる。しかしそれをしていないものが現在一人。
「をい」
そう我らが主人公、河野貴明その人である。
彼は今、手も叩かずに目を半眼にしてとある人物を睨みつけている。
「うん?どったのタカちゃん?」
その視線と声に反応し、会長こと笹森花梨が貴明の方に体を向ける。
「これはいったいどう言う事だ?」
重要な用事があるからと言われて部室に足を向けてみれば、何やら机の上には菓子や紅茶やらが並んでおり、程なくして先ほどの挨拶が行われたのである。
花梨の突拍子の無い行動にも大分慣れたとはいえ、『来い』という指令しか受けていない貴明にとっては状況がいまいちよくわからないのだ。
「何って、見て解んないの?新入部員の歓迎会よ、歓迎会」
「いや、そういうことじゃなくて……」
「あ、何会費の事心配してるわけ?安心して、全部タカちゃんに払わせようなんてこれっぽっちしか考えてないから」
「それも違うし!ていうかそんな事これっぽっちも考えるんじゃない!!」
「じゃあ、半分タカちゃんでもう半分があたしたちで割り勘ってことで」
「だ〜か〜ら〜!!」
「もう、男なんだからそれくらいの甲斐性みせないと嫌われちゃうよ?」
はははと笑いながら貴明の肩をバシバシと手加減なく叩く。
「おい、誰かこいつの言語回路修正してやってくれ!!」
助けを求めようとするが、
「何?うーかりは実はロボットだったのか?」
反応した相手が悪かった。宇宙人にはあまり難しいいいまわしは理解できない様子だ。
「いえいえ違いますよ、るーこさん。あれは例えというものです」
「ふむ、うーは変わった事をするのが好きなんだな」
「その認識はあながち間違いではありませんね」
「そこ!勝手に談笑して盛り上がらない!!」
特に優季までボケにまわったら自分の負担がドカンと増えるのは確定事項なのでここでの貴明はかなり必死だったりする。
「いやー、今日もタカちゃんは飛ばしてるねー」
自分の所為という事は棚の最上段にのせ、扇子をパタパタしながらおかしそうに花梨が笑う。
「誰の所為だと思ってるんだ!!」
当然の如くその戯言に異議の声を上げる貴明。
しかし花梨にはそんな事予測済みだったらしく、笑いながら扇子で扇ぐだけである。
「先輩、そんなに叫ぶと喉が嗄れてしまいます。これでもどうぞ」
貴明の絶叫に見るに見かねたミチルが彼の前に中身の入ったコップを一つ差し出す。
実際花梨の所為で喉が相当やばそうだった彼は「ありがとう」と礼を言ってコップに口をつける。
が……
「ブフーーーーーー!!!」
一口含んだ瞬間に、あまりの不味さから中身を霧状にして噴出してしまった。
「うわ、タカちゃんばっちー」
「何だよこれ!!」
「メッコールですが」
「メッコール?」
「はい。韓国でポピュラーなジュースです。日本でも売られていることは売られていますが、あまり日本人の口に合わないようで普通のスーパーやコンビニには置いていない代物です」
「……説明ありがとう。で、何故君は俺にこのクソ不味いものを渡したんだ?」
「先輩の好物だときいたので、取り寄せたのですが」
「それは誰から?」
もう9割方回答はわかっているが、それでも確固たる証拠を得るためにあえて問う貴明。
「会長ですが?」
「か〜い〜ちょ〜!!!」
ぎぎぎっと首を動かして加害者に目を向ける。
「あっれー、おかしいーな。タカちゃんメッコール大好きとか言ってなかったっけ?」
ここまできてなお、とぼけて見せる花梨。その度胸は流石である。
「言っとらんわー!!存在事態も今初めて知ったんだよ俺は!!」
「あ、じゃあこれでまた知識が一つ増えたね!やったね、タカちゃん花梨に感謝しなくっちゃ!!」
「んなことできるかーーーー!!!!」
今日一番の絶叫が部室内に木霊すのだった。
花梨が「あ、ちょっと用事があったんだ」と逃げ出して一応の収まりを見せた今回の騒動。
からかわれた貴明は相当疲れているようであり、顔もどことなくげっそりとしている。
「全く、会長にも困ったもんだぜ」
ずずずっと温かい紅茶で喉を癒しながら呟く貴明。
飲んでいるものは材料提供が優季で注いでくれたのがるーこという、先ほどのクソ不味いものとは比べ物にならない一品である。
「まあまあ、貴明さんそう言わずに。あれは花梨さん流の一種の余興だったんじゃないんですか?」
ニコニコ顔で告げる、掛け持ち文芸部代表の優季。
このミステリー研究会を代表するものといったら、貴明と花梨の馬鹿騒ぎであろう。それを見せると共に、「ミス研ってこんなに賑やかな部活なんだよ!!」と言う事をアピールするために花梨は先程の騒ぎを起こしたと、優季は言いたいのである。
「ああ、そういえば今日は歓迎会っていう目的だったな」
そういう設定もあったけと椅子に座りるーこから紅茶を注いでもらっている主役に目を向ける。
「うひゃ〜、るーこ先輩スゴイッスね〜」
その彼女は繰り出された水芸に感嘆の声を上げていた。
「ふん、当然だ。るーの女は皆これができないとならないからな」
「へ?」
「るーこ先輩はとある民族の出身らしい。私達とは少し文化が違うようだ」
「へ〜そうなんだ。るーこ先輩の神秘的美しさはそこから来るんスかねー」
「ふふふ、中々正直な奴だ。もっと紅茶を注いでやろう」
「いやいや!!これ以上注いでもらったら溢れちゃいますって!!」
「では飲め」
「いや、ちょっ、あつ!紅茶押し付けないで!熱いですよ先輩!!」
「ふふふ、頑張れ、よっち」
なんだかとても楽しそうにやっているようである。
「……さっきの行動は本当に必要だったのか?」
あの娘の性格だから自分が何もしなくても自然と輪の中に入っていけたのではと貴明が思ったが、その考えを優季が否定する。
「もちろん。きっかけって大事ですから」
ニッコリと自信満々に頷く優季。
「……ならいいんだけどねー」
そう言ってまた一口紅茶を啜る。
もう反論する気力も湧かないのか、はたまたこの笑顔を言い負かせる自信が無いのか、どちらにせよ貴明はそれっきり口を閉じて見物モードに突入してしまった。
「ええ、大丈夫です」
優季もそれだけ言ったらよっち達の馬鹿騒ぎの方をニコニコしながら見るだけで口は同じく閉じてしまう。
二人の間には沈黙が落ちてきたが、それは決して不快ではなくむしろ居心地の良いものであり、それは年月を経てもなお二人が仲のいい証明みたいなものであった。
「あ、そうだ貴明さん」
暫く主賓を中心とした騒動を眺めていた優季が思い出したかのようにパチンと手を叩く。
「……うん、何?」
先程の疲労と前日のゲームによる寝不足から睡魔に襲われてうつらうつらしていた貴明が、その音を聞いて目を覚ます。
といっても完璧に覚醒したわけではなく、寝ぼけている状態なのだが。
「クッキー如何ですか?私が焼いたんですよ」
はいっと、皿に載せられていたクッキーを一つ摘んで貴明の目の前に持っていく。
「……貰う」
そう言って優季の手に握られているクッキーを掴もうとするが、
「?」
掴む寸前にかわされてしまった。
「?」
「はい、貴明さん。お口を開けて」
「あー」
先程の疲労感から未だ寝ぼけている貴明は、たいして深く考えず言われたとおりに口を開く。
「はい」
その明けられた口めがけて優季がクッキーを投下する。
ぱくっ、もぐもぐ、ごっくん。
「どうですか?」
「……ああ、美味しいよ」
いつもならこんな事は絶対にしない貴明だが、寝ぼけている所為で恥ずかしい事も自然とこなしてしまった。まぁ、人間半ば意識の無い状態では自分の行動に責任なんかもてないわけで彼の行動も仕方がないといえば仕方が無いものである。
「それは良かったです。もう一ついかがでしょう?」
褒めてもらい気をよくしたのか、さらにクッキーを進める優季。
「うん頂くよ」
「では、また口を開けてください」
「あー」
「はい、どうぞ」
ぱくっ、もぐもぐ、ごっくん。
「今日は愛佳さんがいらっしゃると思ったので沢山焼いてきてしまったんですよ」
そう、実は今日この場には愛佳はいないのである。理由は郁乃の検査予定が急に変更したから。
今日出されている菓子も選んだのは殆んどが小牧姉妹(主に姉)で愛佳は是非とも出たいと強く思っていたが、運悪く妹の検査の日が変更になってしまい泣く泣く欠席してしまったのだ。
妹は自分の事は気にするなと何度も説得したが、やはり姉にとっては妹は何よりも大事らしい。まぁ、これは妹にとっても同じ事なのだが。
「ですから、愛佳さんの分まで沢山召し上がってくださいね」
「……うい」
そう言って、雛鳥が餌を求めるかのようにまた口を開く貴明。
そんな普段とは違う一面を見せる貴明を優季はとても可愛らしく思い笑顔で彼の口にクッキーを投入していくのだった。
「たっだいま〜……ってをを!!何の儀式かなこれは!!」
彼女が見た光景は、貴明の口にかわるがわるクッキーを投入していく女の子達の姿である。
騒動がひと段落ついたチエ達が優季の行動を発見し、自分も自分もと乗り出したのだ。
その光景は一言でいうと……異様。
考えても見て欲しい。年頃の少女達が一人の少年を中心に囲んで無言で順番にクッキーを口の中にいれていくのだ。目を半ば瞑り、うつらうつらと船をこぎながら咀嚼だけを繰り返す貴明がその異様さに更なる拍車をかけている。
そんな異様さを示す言葉としては先程の花梨の表現は間違っているわけではなく、かなり的を得た発言と言ってもよいだろう。
「面白そうじゃん!!あたしも混ぜてよ!」
……そしてこのお方はそういう怪しいものが大好きだったりする。
「はいタカちゃん。花梨が食べさせてあ・げ・る」
そう言ってまだいくらか残っているクッキーを手に持てるだけ持ち、
「くらい、やがれ〜!!!」
なんて戯言をいいながら手に持ったそれを全て貴明の口へとねじ込んだ。
「もぐ……ふぉく?!?!?!??(苦しんでる)」
口の全てをクッキーで埋め尽くされ、呼吸困難に陥る貴明。
その貴明を見て、周りが騒然(?)とし出す。
「うわ、これやばいんじゃないッスか!!」
「先輩、顔の色が……」
「う〜む、う〜は顔の色を自由に変えることができるのか。これはメモをとっておかなければ」
「まぁ、どうしましょう」
「タカちゃん、ファイト!!」
「?!?!?!?!?!??!(物凄く苦しんでる)」
……暫くお待ちください。
数分後……。
「あー、死ぬかと思った」
なんとかあの地獄から這い上がってきた貴明がふーっと安堵の息を漏らす。
どうやら半分あっちの世界にいっていた意識も回復したようだ。
「本当だねー、さすがのあたしも今回ばかりはダメだと思ったサ!!」
「元凶が何をぬかしやがるこんちくしょう!!!」
まさに魂の叫びである。
「ははは、まあ過ぎた事は水に流そうよ!」
あくまでも朗らかにそう言う会長。さきほどのことなど全く気にも留めていない様子だ。
「それは被害者側が言う言葉だ!!」
「タカちゃんはいつも面白い事を言う」
「至極まともだっつーの!!」
……もうぐてぐてのぐてぐてである。
貴明の文句も何処吹く風と軽く受け流してカウンターを入れる花梨。
それに反応してまた当たりもしないパンチを繰り出す貴明。
全くもって意味がない。いや、気力が削られる辺り貴明が一方的に損をしているか。
「はえー……」
そんな彼らを見て呆然とするよっち。別に早いーと言ってるわけではなくただの感嘆詞なのでそこらへんよろしく。
「なんか、いつもの河野先輩とイメージがまるで違うんですけど」
そう隣にいるライバルと書いて親友と読む相方に尋ねてみる。
「うむ。その感想には私も同意だな。初めてここを訪れた時にはよっち同様驚いたものだ」
過去形なのは遠まわしに「もう慣れちった」という意味を込めているからである。
その親友の言葉を聞いてまた視線を河野先輩に戻すよっち。
その目に映るのは普段とは違う先輩の姿。いつもよりもとても親しみ易そうなその姿。知っている人の知らなかった部分を見られて自然と彼女の口元からは笑みが零れるのだった。
「……でも、何かああいう先輩もいい感じだよね」
「……それも同感だ」
そう笑いあって二人はいつもとは違う先輩ウォッチングを再開するのだった。
「と!こんな事している場合じゃなかったんだ!!」
「あ、会長!話はまだ……」
「シャーラーップ!!そんな事よりもみんなに大切なお話しがあるんだよね!!」
そう言って懐から取り出したのは一つのデジタルカメラ。
「折角新入部員が入ってきてくれたんだもん。記念に写真を撮らなくっちゃ、だよね!!」
「まぁ、それは良いアイディアですね」
「いい考えだぞ、うーかり」
「うわー、なんか恐縮しちゃうッス!」
「……(こく)」
「へへー、これでも一応会長だからね。当然だよ。さ、みんな並んで並んで」
「……」
強引に展開を進められ、なんと言ったらよいかわからなくなる貴明。
会長に言いたいことはまだまだ、それはもう山のそうにあるがみんなが乗り気でいるのにここで自分の都合を通してもいいのだろうかと考えてしまうのである。
「ほら、タカちゃんも並んで並んで!!」
「わ、ちょっと押すなって!!」
そうこうしている内に花梨に背を押されみんなの輪の中に押し込まれていってしまう。
今日も流されてしまう貴明なのであった。
「はい、よっちはもっと右ー、あ、るーこちゃんはちょっと左によりすぎかなー、あ、うんうんそう。いい感じだよー」
全員がカメラに収まる位置に配置し、タイマーをオンにする。
「んじゃ、行っくよー!!!」
そう言うと自分も集合場所の一点へと駈けていく。そう、貴明を目指して。
「え、ちょっと会長?!」
「やー!!」
腕を伸ばして走りの勢いを落とさず貴明の首に飛びかかる。俗に言うラリアットいう奴である。
「ぐえ!!」
そして首にかかった手を支点としもう片方の手で貴明の肩を掴みグルッと振り返り、
「ぶいっ!!」
と元気にピースサイン。
カシャ!!
そこでシャッターが音を上げてみんなの姿を納めるのだった。
そして後日……
今日もミス研では貴明の怒鳴り声が響いていた。
「取り直しだ取り直し!!」
「へへーん、嫌だよー」
アッカンベーをして デジカメをもって走る花梨にそれを追う貴明。
他のメンツはというと花梨が配った写真に見入っている。
「ぷっ!何これ?お兄ちゃん白目向いてるじゃない」
「い、郁乃ー。笑っちゃ悪いよー」
「……そういう愛佳先輩も顔がにやけてますが?」
「これはこれで味があって私は良いと思いますけどねー」
「あははは、先輩おかしーッス!!」
「うー……無様だ」
それぞれ好き勝手の言いたい放題であるが、共通している部分が一つだけ。
それはみんな笑顔だということだ。
そんな笑顔を見てこれはこれでいいと思う貴明なのだった」
「って変なナレーションを入れるんじゃねー!!!」
「いいじゃん、これ、あたしは大好きさ!!来年の部活動紹介に使っちゃいたいほどにね!!」
「そんな事は絶対にさせん!!」
追う貴明に、逃げる花梨。そしてそれを笑いながら見ているその他一同。
こんな感じで今日もミステリー研究会は活動していくのであった。
おしまい
あとがき
本文には書いていませんがよっちの入部動機ちゃるに誘われたからです。ただそんだけ。
以上(え
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