現在場所はミス研部室。

放課後の部活という名の強制労働の為にここにやってきた俺なのだが、この部屋の主である会長がいないため、今は何もせずに椅子でくつろいでいる。

会長がいないこの部屋は普段からは考えられない程の静けさに満ちている。

とは言っても、俺一人しかいないわけではなく小牧姉妹も一緒である。それでも静けさが続いているわけは、郁乃が熱心に本を読み、愛佳がじっと一点を微動せず、言葉も発せずに見ているからである。

そう、俺の手に持っている物体を……

 

 

 

ダイエット

 

 

 

「……」

……。

「……」

……。

「……」

「……なあ、愛佳?」

いい加減、熱烈な視線に耐えかねた俺は、溜息混じりに向かい側に座っている彼女に声をかける。

「え、はい!なんでせう?」

俺の声にビクッと反応し、丸めていた背筋をピンと伸ばす。

「『なんでせう』じゃなくてさ、そんなに見つめられたら俺としては非常に喰い難いのだが」

そう言って手に持っていた有名チョコ菓子の箱を軽く左右に振る。

これはこの部屋に入った時に愛佳が「ぜひ貰ってくれ!」とぽややんとした顔を一生懸命真剣色に染めて渡してきたので受け取った品物だ。

てっきりお菓子のお裾分けかなと思ったが、愛佳の行動を見るとなんだか違うように思えてならない。

「何か理由があるなら返すけど?」

例えば会長との賭けに負けて大事な物を手放さなければならないとかだな。

……菓子が大切なものってのもどーかと思うけどな。

「いえいえ、あたしのことなんか気にせずガーッと食べちゃって下さい!ガーッと!」

両拳を握らせ、体を前のめりにしながら力説する愛佳。そのいつもからは考えられない熱量に押され、少し引き気味になってしまう。

「あ、ああ。なら遠慮なく……」

箱をビリビリとあけ、中の小分けになっている袋を取り出す。

そしてその袋もパカッと開き、中に入っている棒状のチョコレート菓子を何本かとり口の中へ……。

「ああ!」

……運ぶのを止めた。

「ほっ」

この世の終わりといったような顔をしていた愛佳の表情がふうっと緩む。

なんなんだ、いったい?

「……俺は本当にこれを食べてもいいのかな?」

眉を八の字にしてはわはわ言ってるのを無視して食べられるほど俺の神経は図太くできてはいない。

「も、もちろん!是が非でもたかあきくんに食べて欲しいのですよ!」

頬の筋肉を無理やり締め直し、強く自分の意思をこちらに向けてくる彼女。

ここで「やっぱりいらない」なんて言っても今の愛佳にはぬかに釘、効果は見込めないだろう。

ならば取り合えずもう一度口の中へ……

「ああ!!」

……運ぼうとしたができなかった。

今度はビックリマークが一個程多い悲鳴を上げる愛佳。

しかもご丁寧に頬に手を当てていて、これではまるでムンクの叫びのようだ。何時の間にか座っていた椅子からも立ち上がってしまっているし。

「なぁ、やっぱり……」

「え、えっとこれはですねー、うん、そう運動でもしようかなーって。ほら、一、ニ、三、四!」

俺の疑惑の視線を誤魔化すようにその場でスクワットを始めてしまう愛佳。

制服姿の美少女がスクワット……なんだか非常にシュールな光景を目の当たりにしている気がする。

いつまでも見ていたいような、そうでないような変な感覚に襲われるが、とりあえず目下の課題は手の中にある物体の処分の仕方だろう。

うーむ、どうしたものか?

食べようとする事に悲鳴を上げられてはこちらとしても食べられない。返そうにも今までの態度からまたこちらに押し付けてくるのは明白だ。

とりあえず、事情説明を受けるのが先だな。

そう脳は判断し、それに伴って俺の目線もさきほどからずっと沈黙を守っている人物の方へと向かう。

 

「で、これはいったいどういうことなんだ、郁乃?」

視線を向けられた相手―郁乃は俺の声に反応し、読んでいた本から顔を上げた。

ちなみに読んでいた本は『初心者のためのミステリー』。このまえ会長に無理やり押し付けられた一品である。

「あん、何よ?こっちは今忙しいんだから後にしてよ後に」

テスト勉強を邪魔されたような不機嫌さでそれだけ言うと郁乃は視線を読みかけのページへと落としてしまう。

下を向いているため表情は読めないが、体からは「もう話かけるなオーラ」がビシバシと放たれているのを感じた。

だが俺がここで引き下がっては話が先に進まないので、手札から有効と思われるカードを切る。

「そんな事言わずにさ。感想文の枚数減らしてくれるよう会長に頼んでやるから」

「え、本当?」

すぐに反応を示す郁乃

カードの効果は抜群で何時もだるそうな顔をしているこいつには珍しく上げた顔に喜色がさす。

しかしそれも束の間、すぐに不審の影が射し顔が曇る。

「って、なんであんたがその事知っているわけ?」

その問いに俺は「愚問だな」と鼻で笑い、

「会長の被害者第一号は俺なんだぜ?」

と言った。

それだけで郁乃には伝わったらしく、「あーあー」っと心得たように頷いている

「で、あんたは何枚だったの?ちなみにあたしはA4レポート10枚」

「そうか……」

10枚か。会長も随分甘くなったもんだ。

目を瞑り過去を少しだけ振り返って、その時の自分に同情する。

俺の時もそれぐらいだったら楽だったものを……。いや、「たられば」を考えてもしかたがないか。

「取り合えず、勝ったとだけ言っておこう」

「……そう」

郁乃の視線に哀れみの色合いが加わる。

自分も同じだからその辛さが身にしみてよく解るのだろう。

あれは、本当に辛かったからな。

 

「まぁ、それはともかく」

ここで哀れみあっても意味が無いので、さっさと用件を済ませてしまう事にする。

「その交換条件でなんで今日の愛佳がオカシイのか教えてくれないか?」

「うーん、それはねー……」

未だ「ふぅふぅ」と言いながらスクワットを続けている愛佳の方を見る。その動きにつられて自然と俺の眼もそちらに向く。

彼女のペースは疲れてきたのか一回一回のスピードが随分と落ちている。

しかしそれでもまだ止めていなかったあたり愛佳の筋力の無さを知っている俺は内心驚愕する。

「すげーな。もうそろそろ50回いきそうだぜ」

ゆっくりと、だが確実に回数をこなしていく愛佳に対し、驚嘆の声をもらす。

「そうね。最近頑張ってようだから少しはマシになったんじゃないの?」

そんな会話をしているうちに、

「ご〜じゅう!ぷはー、疲れたー」

そこで力尽き、ぺたんと椅子に腰を下ろす愛佳。

自分の行動に満足したためか、疲労を見せながらもその顔には達成感が宿っている。

「お疲れ様、お姉ちゃん。疲れたでしょ?甘いものでもどう?」

俺の手にあった菓子を引ったくり、その箱の中から数本取り出して笑顔で愛佳の前に差し出す。

「あ、ありがと〜」

そう言って受け取ろうとした手が寸前でピタリと静止する。

「って、ここで食べちゃったらダイエットの意味ないでしょ!」

ムキーっと妹に向かって叫ぶ。

……なるほど。そういうことか。

「あっ!!」

俺のほうを見てしまったと口に手を当てるがもう遅い。俺の脳にはしっかりと先ほどの発言が記録された。

「と、まぁこういうことよ」

こちらに向かって菓子の箱を渡しながら、悪戯っぽく郁乃が笑う。

「う〜、酷いよ郁乃。たかあきくんには黙っててって言ったじゃない〜」

「そうよ、あたしは黙ってたわよ。ばらしたのはお姉ちゃんじゃない」

「そうだけど〜」

「ごめんねお姉ちゃん。お姉ちゃんの事も大切だけど、やっぱり我が身が可愛いのよ……」

そう言ってフッと笑う。

すげえ、さすが会長だ。シスコン郁乃がまさか姉を売るという行動にでるとは思っていなかったぜ。

「それはひどいなー、タカちゃん。むしろ前より仲良くしてあげたのを讃えてもいいんじゃない?」

まぁ、そういう風に見れない事も……。

「って何で会長がいるんだよ!」

何時の間にやら俺の後ろに立っていた人物に俺は反射的にツッコミをいれてしまう。

「うん?何よー、ミステリー研究会の会長であるあたしがここに居ちゃいけないっていうわけー」

「違う!そんなんじゃなくて、いったい何時の間に現れたのかって聞いてるんだよ!!」

コクコクと先ほどまで言い争っていた残り二人も驚き顔で同意する。

明らかに気配を感じなくていきなり背後に出てこられたんだぜ?それは追及してしかるべき所さろう。

「そんなのミス研会長には朝飯前の芸なんよ。知らなかった?」

事も何気に笑顔のまま言い放つ。

「……」

よくよく考えたら『あの』会長だもんな。俺の中ではタマ姉と同じカテゴリーに分類されているような奴に一般常識なんて通じるわけが無い。うん、納得。

「……なーんかまた失礼な事考えているでしょ、たかちゃん?」

「いや、ミス研会長ってマジすげえなーって思っただけだよ」

「ふふ、もしかしてタカちゃん惚れちゃった?」

「それは無い」

猫のように目を細める会長に対してきっぱりさっぱりそう告げる。

「ぶー、何よその淡白な反応はー」

不満そうな顔をするが、

「ま、いいか。それよりも今は愛佳だよねー」

すぐに万華鏡のようにコロッ表情を変えて視線の矛先を変更する。

「愛佳さー、実は伝えたい事があるんだけど……」

「え、え、何?」

急に指名されて戸惑う愛佳。

そんなことはお構い無しに会長は言葉を紡いでいく。

「タカちゃんってふっくらとした女の子が好みなんだってさ」

「をい!」

いきなりなに言い出すんだこのタマゴサンドジャンキーは。

「ほ、ホント?」

「ホントホント、花梨ちゃん嘘つかなーい」

バっと扇子を広げてパタパタと仰ぐ我らが会長。

その言葉自体が嘘だと言う事を俺は骨の隋まで理解しているが、まだ毒されていない愛佳にはそれがわからない。

「だからダイエットなんてしないほうがいいわよ?ヘタな事やると胸囲まで減っちゃうかもしれないからね」

そう言って扇子で口を隠したまま俺のほうに一瞬だけ視線を向けた後また愛佳の方を向き、

「ちなみにタカちゃんは巨乳派だから」

と、のたまわりやがった。

「って勝手に人に変な属性つけるんじゃねー!!」

そんな俺の心の叫びを聞いてもうちの会長は「にゃははは」と笑うばかり。

くそう、誰かこの黄色い悪魔を止めてくれ。というかこいつはいつから俺達の会話を聞いていたんだ?

「た、確かに向坂先輩って胸大きいよね……」

何やら考え込むような表情で自分の胸を見下ろす愛佳。

おーい、会長の言う事真に受けんでくれー。

獣道を逆走する結果になっても知らんからなー。

「大丈夫、大丈夫。まだまだ未来があるわよ」

無責任にそう言って、ぽんと肩に手を置く。

「ね、郁乃ちゃん」

「そうですねー……ってあたしですか?!

……そう、郁乃の肩に。

「確かに平均よりちっちゃいかもしれないけど、安心して。これから努力すればきっと大きくできるから!」

うんうんと頷きながら、優しげな目で限りなく失礼な発言をかます会長。

「余計なお世話です!!ってさっきの話の流れからはそのセリフはお姉ちゃんに言うべきなんじゃないんですか!」

それに対し、顔を朱色に染めて勝てないのにもかかわらず反論を繰り広げる被害者・郁乃。

「えー、だって郁乃ちゃんも気にしていたようだしー。これは会長としてフォローしてあげなきゃねーと思ったわけなんよ」

「ぐっ!!誰が気にしてるって……」

「ははは、隠すな隠すな。お姉さんにはバレバレだよー?」

二人がじゃれ合って(?)いるため、置いてかれている俺。

だが、ここで無闇に首を突っ込んでわざわざ感染拡大させる必要もないので、とりあえず黙っておく。

 

そんな傍観者たる俺の裾を誰かがちょんちょんと引っ張る。

「?」

振り向くとなにやら不安げな表情の愛佳が立っていた。

「ね、ねぇたかあきくん。花梨の言ってた事本当?」

その発言に俺は心の中で安堵の溜息を漏らす。

よかった。真に受けているわけじゃなかったのか。

いやいや、安心するのはまだ早いぞ河野貴明。

即座に首を振り、甘い考えを取り払う。

ここが正念場だ。ここで発言に気をつけなければ愛佳は会長の言う言葉を頭から信じ込んでしまうだろう。

今も、そしてこれからも。

その可能性はなんとしても排除したい。

「俺は……愛佳はダイエットなんかしなくても良いと思う」

「本当?!」

俺の本心からの言葉に不安で彩られていた顔にパアッと光が差し込む。

よし!好感触。

内心でガッツポーズを取るが、そんな事は表面にも出さないで次の言葉を紡ぐ。

「ああ。俺には愛佳が太ってなんか全然見えないし、何より……」

「何より?」

息をわずかに吸い込み間を空けてから、

「愛佳が幸せそうにお菓子を食べている姿を見られなくなるのは、勿体無い……かな?」

と、続けた。

「たかあきくん……」

ボンッと一瞬で真っ赤になる愛佳の顔。

やばい、もしかして今とてつもなく恥ずかしい事言っちまったか、俺?

「そうだねー、今のはかなり臭い発言だったわねー」

「……誑し野郎」

「うわ!お前ら聞いてたのかよ!!」

座り込んで上目遣いをしながらこちらを見ていた二人に気付き、思わず声を上げてしまう。

つーか、盗み聞きしてるんじゃねーよ!

「んふふふふ。そんな事言っていいのかなー、たかちゃん?」

文字通り悪魔の微笑みを浮かべ、携帯を俺の目の前に持ってくる。

「?」

「ボイスメモに録音しちった」

……。

…。

バッ!

言葉が染み渡った瞬間俺の体が脊髄反射で携帯を奪おうと行動を起こす。

「甘い!」

身をよじって俺の手から逃れる会長。

くっ!!この外道悪魔!!

「へへーん!録ったもん勝ちだもんねー」

そう言いながら俺の手をヒラリヒラリとかわしていく。

やばい!このまま放っておいたら確実に俺の弱みが増えてしまう。

ここは冷静に冷静に……。

「向坂先輩に聞かせてこよーっと」

「って、冷静になれるかー!!お前いつからタマ姉と知り合いになっていやがりましたか?!」

と言うかそれは真面目に勘弁してください!!

そんなのを身内に聞かれたら堪ったもんじゃない。

「それはあたしを捕まえられたら考えてあげるよ。じゃあねー、バイビー」

そして会長はすぐさまドアまで移動し、そのまま外に出て行ってしまう。

「逃がすかー!!」

身の破滅を防ぐ為に俺も持てる全速力で後を追いかけて行くのだった。

 

 

 

「……行っちゃったね」

「……うん、そうだね」

二人が出て行ったドアを呆然と見送る姉妹。

「実はさ……」

「何?」

「あの携帯録音機能なんかついていないんだよねー」

「え!!」

その言葉に向けていた目を郁乃に向ける愛佳。

郁乃も愛佳の方を向いており、二人は向かい合って立っている事になる。

「ということはたかあきくんは……」

「まんまと担がれたって事」

……。

……。

暫し呆けた表情で、お互いの顔を見合うが、

プッ

同時に出した吹き出しで、沈黙の空間が破られる。

破られれば、後は崩壊していくだけ。

「「あはははは!!」」

声を上げて笑い出す二人。

その笑い声はしばらくミステリー研究会の部室を覆うのだった。

 

「ねぇ、お姉ちゃん」

先に笑いの余韻から立ち直った郁乃がまだ目尻に溜まった涙を払っている姉に声をかける。

「ダイエットなんて、やめちゃえば?」

そうして貴明が置いていったお菓子の箱をスッと愛佳の目の前に持って行く。

「……」

目の前にあるそれを見つめていたが、おもむろに箱に手を伸ばし、棒状の物を幾つか掴む。

「そうね。何だか意味無いみたいだしね」

そう言って手にあるものを躊躇い無く口に運ぶ。

パクッ

「うん、甘くておいしい」

一口食べてとても幸せそうに笑う姉を見て、郁乃の顔からも微笑みがこぼれ落ちる。

(やっぱりお姉ちゃんはこうでなくっちゃ)

愛佳のハムハムコクコクしている姿を見ながらしみじみとそう思う郁乃だった。

 

 

 

後書き

愛佳ちゃん主役二連発!

前回(属性)が個人的にイマイチだったので急遽予定を変更して仕上げました。

うん、あれだ。無駄に長いね、これ。そしてネタが超ありきたり。ぶっちゃけ愛佳にハムハムコクコクさせたかったただけなんですよねー、今回って(おい

まぁ、それよりも次回の話。

次回はシルファなんぞを出したいなーっとか思ったりしてます。

ほら、PCではミッちゃんもシッちゃんも出ないって噂だからここらで出しておけばファンディスクまではもつかなーって(出るのか?

つーかPC版どうすんべ?新キャラ出るっていうから買うしかないかなー。

でもなー18キンだしなー。みんなはどうするのかなー?

最近そんな事ばかり考えているコウトでした。

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