ここは貴明達が通る通学路。

時間も時間なだけあって人通りはまばらで、この辺りの朝はいつも静けさが空間を支配している。

しかし、今日は

「あーっはっはっは!!!」

ある一人の馬鹿男の笑い声がこだましているのだった。

 

 

 

属性

 

 

 

「……雄二、笑いすぎだ」

隣で弾けたように大笑いしている幼馴染を半眼で睨みつける貴明。

「だ、だってよ……ぷぷ」

笑いすぎて浮かんだ涙を拭いながら、反論を試みるが、すぐに笑いがこみ上げてきて、言葉を紡げないでいるようだ。

「な、なーんかおかしいとは思っていたけど、ぷぷ、あの時(味見参照)そ、そういう事情があったとはな」

体を折り曲げ、必死で笑いを堪えながらそれだけを吐いた雄二。

しかしその後はもう限界だったのか、また大爆笑している。

「……」

そんな彼をやれやれといった表情で視界に入れた後、一人スタスタと歩き出す貴明。

どうやら付き合っていられなくなったようである。

「はははは!!」

貴明が歩き出したにも関わらず、まだ笑い転げているこの男。

当分この発作は治まりそうにない。

 

「おい、貴明。勝手に行っちまうなんて酷いじゃねーか」

あの後、笑いが収まった貴明はご近所からの冷たい視線に気付き猛ダッシュ。

そのかいあって、何とか学校に着く前に貴明に追いつく事ができたのだった。

「うるさい。いつまでも笑っているお前が悪い」

肩にかかってくる雄二の手を払いながら、不機嫌そうに言う。

あそこまで笑われるとなんだか自分も馬鹿にされている気がしてきたのだ。

「いやいや、だってお前、あそこは笑うところだろ?そりゃもう力一杯に。……って思い出したら……」

また笑いのループに陥りそうになる雄二。

その雄二の頭を、貴明の手が

バシッ

と叩いた。

「いってー!!何するんだよ貴明!!」

「こんな所で大爆笑したらいらん注目を浴びるだろうが!!俺を巻き込むな!!」

「う、確かに。さすがにこんな人通りでの冷たい視線は勘弁だな」

先程の記憶もまだ鮮明なため、貴明の言葉に納得の意を示す雄二。

その後はくだらない話をしながらも、大人しく学校へと向かっていく二人なのであった。

 

場所は変わって現在教室。

教師がくるにはまだ時間があるので、教室内では雑談する声がいたる所から聞こえてくる。

それはこの二人も例外ではない。

「でもよー、貴明。さっきの話の続きなんだがな」

「ん?タマ姉に秘蔵のメイド本が見つけられたって話か?」

「違うわ!!あれだよ、あれ。俺が爆笑した話だよ」

「……お前、まだあれを引きずる気か?」

「いや、そうじゃなくてだな」

貴明に睨まれ、慌てて手を振り否定の姿勢を示す雄二。

「じゃあ、なんだよ?」

「このみの言った事だよ」

「このみの……ってもしかしてお前もあの戯言を信じてるとか言うんじゃないだろうな?」

「いやいや、流石にお前から牛肉やマタタビの臭いがするって話は信じちゃいない」

肩を竦め、首を振りながら答える。

「でもな、それと似たような現象はあるかもしれないと思っている」

「何だよ、それは?」

何やら含みのある発言をする雄二。

それが何か貴明にはわからず、首を傾げながら続きを促した。

「フェロモンだ」

貴明の顔をビシッと指差し、雄二が告げる。

「……はぁ?」

「お前は動物が懐いてくる様なフェロモンを出しているんだ!!」

「……雄二、頭、大丈夫か?」

可哀相な人を見る目で雄二を見る。

「考えてもみろ」

貴明の冷たい突っ込みは華麗に流し、雄二が貴明に語りかける。

「お前って昔から動物には嫌われた例がないだろう?」

「まぁ、このみみたいにあからさまに嫌われた事はないな」

でも、それだけじゃあ……

そう否定しようとする前に雄二が次の言葉を発する。

「それに、お前って動物色の強い女の子からも好かれてる」

「動物色?って俺は別に女の子から好かれてるってわけでは……」

女の子が苦手だと自認する貴明にとっては今の発言は聞き捨てならなかったが、雄二はそんな貴明の言葉は無視し続ける。

「例えばこのみ。あいつは子猫っぽいと俺は思う」

「このみが猫……」

貴明の脳裏に猫の耳と尻尾を付け、かまえかまえとミーミー鳴いてるこのみの姿が一瞬浮かぶ。

そのイメージは、もう高校生にもなるのに未だ自分に擦り寄ってきたり、布団にもぐりこんできたりする幼馴染のイメージと、貴明の脳内でジャストフィットした。

「確かに、そう言われるとそういう気もするな」

「だろ?んで、次は姉貴だ」

「タマ姉か。タマ姉も猫ってイメージがあるな。気まぐれに俺達に問題をふっかけてくる所とか」

その言葉に大きく頷き、深く共感する雄二。

「我侭だし、俺達の事おもちゃにするしな。このみとは違ったタイプの猫科だ。そう、例えるなら豹、それも黒豹あたりが妥当か。なんとなくだけど」

「黒豹……、なんかメチャクチャ強そうだな」

「実際姉貴はメチャクチャ強いしな」

強く、気高く、美しい。

そんな環の事を表現するのに黒豹というのは中々的確な表現である。

このような表現が深く考えないで出てくる辺り、いつも憎まれ口を叩いていても、結局は姉の事を認めている雄二の心がよくわかるのだった。

もっとも、鋭い嗅覚で獲物を見つけ一気に飛び掛る仕草が、環が貴明を見つけた時に起こす行動とよく似ているという事も黒豹を選んだ理由の中に多分に含まれているが。

「強すぎるよな……」

「ああ、手加減して欲しいくらいにな」

「……」

「……」

「「はぁ……」

やるせない空気が二人の間に充満したのだった。

 

「ま、まぁ気を取り直してだな。次いってみよう」

「次って、まだあるのかよ?」

先程の虚脱感からまだ抜け出せないでいるのか、雄二の提案に乗り気になれない貴明。

「まぁ、聞けって。今度は委員ちょだ」

「愛佳ねぇ……そんなのは言うまでもないと思うんだけど」

「うむ、いつもクラスの連中から小動物として捉えられているからな。しかし、俺はここで新説をとなえたい!!」

「ああ、もうどうでもいいが、時間もないんで手短にな?」

無駄に熱くなっている雄二に対し、頬杖をつきながら投げやりに手を振る事で答える貴明。

対照的な二人である。

「俺は、委員ちょは犬ちっくだと言いたい!」

「いぬぅ?」

「そう、犬だ。確かにあのせかせかした動きは小動物を連想させるかもしれない。しかしそれが素人の浅はかさというもの」

「……」

長くなると困るし、したくもないので「素人って何さ」という突っ込みは外には出さないでおく貴明。

「よーく考えろ貴明」

がしっと貴明の肩を力強く掴む雄二。

その目は彼にしては稀に見る真剣さを帯びており、相手に自分の言い分を聞かせるだけの迫力を備えていた。

ここで場面が場面なら良い事の一つでも言いそうなのだが、そこは向坂雄二。

「……委員ちょに犬耳、似合うと思わないか?」

期待するほうが間違い、というものである。

現に貴明も今の言葉で呆れて口が塞がらない状態になってしまった。

「犬耳だよ、犬耳。獣っ子は男の浪漫だろ?なぁ貴明」

「……また随分と範囲の狭い浪漫だな」

「委員ちょに犬耳と尻尾。いいねー、実にいい。これだけで飯三杯は余裕だね。これ、世界の常識」

またもや貴明の突っ込みは無視し、一人で勝手に頷きだしてしまう雄二。

彼の嗜好は、もはや手遅れなほど遠くへ行ってしまったようである。

「……勝手にしてくれ」

未だに戯言を言っている雄二から視線を逸らし、窓側を見る。

そこには何かをパクついている愛佳の姿があった。

(犬ねぇ……)

似てない事もない、か。

キ−ンコーンカーンコーン

そんな事を考えている内に、朝の僅かな時間は終わりを告げるのだった。

 

キ−ンコーンカーンコーン

時間は進んで現在は放課後。

帰りのホームルームもすでに終わり、部活がある生徒は集合場所へ、それ以外の生徒は帰路についている。

部活など入っていない貴明は、もちろん帰宅組である。

「さて、帰るか」

帰りの仕度をして席を立つ。本来ならここで雄二と一緒に帰るのだが、彼はちょっとした事情でホームルーム終了と同時に教室を走って出て行ってしまったのだ。

「ん、あれは……」

廊下に出た彼の目に入ってきた映像は、教師と何やら会話をしている愛佳の姿だった。

「また頼まれごとか?」

その場に暫く佇む貴明。

急いでいるわけでもないし、彼女に一言かけてから帰ろうと思ったのである。

「ま、今日は暇だしな。我等が委員ちょに恩返しをするのも悪くはないよな」

何か頼まれていたらの話だけど。

そう呟いて、貴明は壁に背を預けるのだった。

 

ほどなくして会話が終わり、教師に一礼をした愛佳が貴明のいる方向にやってきた。

「あ、たかあきくん」

貴明の事を発見した愛佳がとてとてと彼の元へかけていく。

そして彼の目の前に立ち止まると、その顔をほにゃっと緩ませ、

「今、お帰りですか」

と、マイナスイオンがたっぷり含まれているに違いない柔らかな声を発した。

「ああ、まあね。そういう愛佳は?」

「あたしはちょっと先生に頼みごとをされまして……」

えへへ〜と笑いながら頭をかく。

ようするに、教師からまた厄介事を押し付けられて帰れないらしい。

そんな彼女を不憫に思い、貴明は「ふう」と溜息を吐く。

「あのなー、愛佳。なんでもかんでもお前がやる必要は無いと思うぞ?お前はいつも頑張っているんだから偶には人に任せた方がいいんだ。そうしないと、教師連中から『便利な奴』って思われて卒業するまでずーっと小間使いをさせられる羽目になるかもしれないぜ?」

人間とは、楽な方に流れていくものである。

頼みごとをするなら、文句を言う奴よりよりも、「はい」っと素直に言ってくれる奴の方が頼む方としても『楽』なのだ。

そして、『楽』だからまたそいつに頼み事をする。それも笑顔で返事をしてくれたらその次も、またその次も……。

そうやって笑顔のそいつは『便利屋』としてこき使われていくのである。

自分の大切な時間を削って……。

貴明は愛佳にそうなってほしくはないのだ。折角念願かなって妹と学校生活を送れるのだから、これからは他人の事よりも自分の事を考えて欲しい。そのために貴明は愛佳に出来る限りの協力をするつもりでいた。

「よし、これからさっきの先生の所行こう。適当に押し付ける奴がいなかったら俺が変わりにやってもいいから」

そう言うと踵を返し教師が去った方向へ駆け出そうとする。

「ちょ、ちょっとたかあきくん!」

慌てて目の前を通り過ぎようとする制服の裾を握り締める愛佳。振りほどいて行く事もできるが、さすがにそうするわけにもいかないので仕方なく貴明は愛佳に向き直る。

「なんだよ、別に俺に遠慮する必要はないんだぜ?」

「う〜、そうじゃなくって〜」

「じゃなに?」

「実は先程の先生は図書室を管理している先生でして」

「ふむふむ」

「あたしの頼まれた事は今日届いた新刊にラベルやなにやらを貼って貸し出しできるように……」

「わかった、やっぱり行ってくる!」

「話は最後まで聞いて〜!!」

駆け出そうとする貴明の裾を今度は両手で力いっぱい握り締める。足も踏ん張って一生懸命頑張っているが元々体重にも腕力にも差がありすぎるため、体が徐々に引き摺られていっている。その構図はさながら大型犬と力比べをしている子供の飼い主のようだ。どちらがどちらの配役なのかは言うまでも無い。

「たかあきく〜ん!止まってってば〜!」

そんな愛佳の必死な姿がなんとも愛らしく、つい悪戯心が湧きかがってしまう貴明。

「よし、わかった」

「はわわ〜!」

急に貴明が立ち止まったため、後ろに尻餅をついてしまう愛佳。

痛みで潤んだ目が不満そうに貴明の事を見ている。

「う〜、ひどいよ〜、たかあきくんはいじめっこだ〜」

「ははは、ごめんごめん」

うそ臭いほど爽やかに笑い、愛佳に向かって手を差し出す貴明。

不満たらたらな愛佳は暫くその手をジーッと眺めていたが、やがてその手を握り返した。

「よいしょっと。で、愛佳。話の続きってなに?」

「……」

起き上がったものの、プンっとそっぽを向いてしまう愛佳。その姿がとても子供じみていて、更に貴明の笑いを誘った。

しかしここで笑ったりしたら愛佳を怒らせるだけなので、

「愛佳?」

努めて冷静にそう問うた。

しかし、

「……」

今度は反対方向に頬を膨らませながら向いてしまった。

かなり虫の居所が悪いらしい。

「おいおい、そんなにほっぺたを膨らませていると、ハムスター化が更に進行するぞ?」

「ハムスターって言うな〜!というかあたしはハムスターなんかじゃない〜!」

ムキーっと地団駄を踏んで怒り出す。

しかし全くといっていいほど迫力がない。その姿を見て貴明は

(ああ、雄二。やっぱり愛佳は犬じゃない。これはどう見ても小動物系の怒り方だ)

などと、愛佳が聞いたら怒り狂う事を考えていた。

「わかったわかった。前言を撤回するよ。それよりも早く続きを言ってくれ」

「う〜、もうハムスターとか言わない?」

「言わない言わない(思いはするけどな)」

「う〜ん、なんかまだ失礼な事考えてない?」

「ないない」

内心、鋭いなーっと感心する貴明。

「まぁ、いっか。それよりも話の続きだったね」

「おう」

コホンと一つ咳払いをした後、愛佳が口を開く。

「あのね、先生に言われたのはさっきのことを図書委員の人たちに言う事だったの。ほら、今日は土曜日で放課後は図書室閉まってる?だから週明けに言っておいてくれって頼まれたの」

「何だ、それだけなのか?ラベル張りとか全部やっといてくれって言われたわけじゃないの?」

予想外の事に拍子抜けしてしまう貴明。

「いやだな〜、たかあきくん。あたしだって200冊近くある本を一人でどうにかしようだなんて思わないよ〜」

「……そうか」

どうやら自分は考えすぎたようだ。

そう思い、貴明は下を向いて愛佳に見られないようにフッと笑みを漏らした。

しかし、ずっと下を向いているわけにはいかないので、すぐに顔をあげ、

「あれ、でもさっきは用事があるみたいなこといってなかったか?」

と質問した。

「うん、あれはね図書委員の子が今日部活で残っているから忘れないうちに伝えておこうと思っただけなんだ」

「そうかー、やっぱり愛佳は優等生なんだな」

「いや、いやそんな事無いって!」

「はは、そう謙遜するなよ。よし!そんな慎ましやかな愛佳には俺が何か奢ってやろう。用事が済んだら、るーこの働いている喫茶店にでも行こう」

「え〜、悪いよそんなの」

首をぷるぷる振り、遠慮する愛佳。

そんな事は貴明には予測済みだったので、強引に展開を進めていく。

「気にするな。それよりも早く済ませないと日が暮れちゃうぜ?」

「わ、わ!たかあきくん背中押さないで〜」

「ほら、早く早く!」

こんな感じで、二人は仲良くその場を後にするのだった。

 

 

 

おわり

 

 

 

あとがき

うわー、書きたい事が書けてねー。

今回はキャラが勝手に突っ走っちゃったんで、当初予定していたものより大分違う話になってしまいました。

本当は愛佳を犬属性にしあげてお手とかさせる予定だったんだけどね。何か結局ハムスターで落ち着いちゃったよ。

残念。また機会があったらチャレンジしてみょうかなーっとか頭の隅っこで考えていたりします。以上。

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