せんせいのお時間(前編)

 

 

 

「先生まてまてー!」

「待ってや〜」

「ふふ、そう簡単には捕まりませんよ」

土曜の放課後。公園の前を通りかかった貴明の耳に、聞き覚えのある声が入ってきた。

気になり入り口から顔を覗かせて見ると、黒髪の上品そうな女性と小学生程の子供数人とが追いかけっこしている姿が見えた。

「あれ、優季さん?」

以外な場所で以外な知り合いを見つけ、思わず声を出してしまう貴明。

「えっ!!あっ、た、貴明さん……」

予期せぬ声に驚き、走っているポーズのままという奇妙な格好でその場に停止ししてしまう優季。

その隙を見逃すほど、子供達は甘くはない。

「隙あり!!」

一番優季に近いオレンジがかった髪の女の子が、体ごと優季に猛烈なタックルをしかけてくる。

いや、それはもうタックルとは言えないかもしれない。

なぜならその女の子の両足は地面から離れているのだから。

ここは、「ダイビング」といった方が正しいだろう。

「きゃあ!!」

突然な事に驚きつつも、女の子の身を案じて抱きとめてしまう優季。

しかし、いくら小柄な女の子とはいえ、人一人が飛び込んできたのだ。

力のない優季が、構えも無しにしっかりと受け止められるわけはない。

「あいたたた〜」

バランスを崩し、お尻から地面についてしまう。

だが、その腕の中にはしっかりと先ほどの女の子が抱きかかえられていた。

「えへへー、せんせー捕まえたー」

優季の腕の中で満面の笑みを浮かべる女の子。

そんな彼女を見て自分の顔も緩みそうになる優季だが、ここは年長者としてぐっと我慢する。

「もう、危ないことをして。いけませんよ?」

そして指でチョンっと女の子の額をおした。

「は〜い」

てへへ〜っと頭をかく女の子。

「ふぅ、調子がいいんですから」

そう言って諦めたように苦笑する優季。

ちなみにこの女の子、かなりのお転婆でいつも優季を困らせていたりする。

このようなやり取りも一度や二度ではないのだ。

「全く、先生に迷惑をかけるとは・・・…」

後からやってきた金髪の女の子が咎めるような視線で優季に抱きしめられている彼女の事を見据え、

「本当、これだからお猿さんは品がなくて困りますわ」

はんっと鼻さきで笑ってバカにした。

「うっさいなー、捕まえられたんだからいいじゃないのよ。後、猿言うな!ショタコン委員長が!!」

さっきまでの可愛らしさはどこへやら。優季の腕から猛然と立ち上がり、ケンカ腰で委員長と呼ばれた、お嬢言葉の女の子を睨みつける。

「な、なんですってー!!私のどこがショタコンだと言うのですか!!」

ガーッと抗議の声を上げる委員長。

「この前下級生の手を握って気持ち悪いくらいにやけてたじゃない!!あたし、知ってるんだからね!!」

ビシっと委員長の事を指差すお猿……もとい、オレンジ髪の女の子。

「あ、あれはですね……」

胸を押さえ、暫し言葉に詰る。が、

「えーい!!親父趣味のあなたに、そんな事言われる筋合いはありませんわ!!」

すぐに開き直って相手の欠点を指摘しかえす。

「あの人の事を親父とかいうな!!つーかあたしは別に親父趣味なんかじゃない!!」

「私だってショタコンなんかじゃありませんわ!!」

フーッと猫のように睨みあう女の子達。

二人の視線間ではバチバチという火花が散っていた。

「ふ〜、またケンカか。成長せんな、二人とも」

「相変わらず仲良しやなー、二人とも」

あとからやってきた、金髪ツリ眼の女の子が溜息を、黒髪京都なまりの女の子が失笑をもらしている。

「ま、こんな二人はほっておいてだな」

くるりとツリ眼の女の子が、ニコニコしながら二人のやりとりを見ていた優季に対して声をかける。

「一応、先生の出した条件はクリアしたんだ。約束どおり褒美をもらおうか」

「そやなー、約束やしなー」

「はい、わかりました」

約束というのは『優季を捕まえられたらお茶をご馳走する』というものである。

もっとも優季は最初から捕まるつもりでいたので、ただのレクリエーションのようなものだったが。

「ああ、そこでケンカしている馬鹿二人の分はいらんぞ?あんな奴らに先生の菓子はもったいないからな」

二人の事をちらりと横目で見たあと、彼女は優季に向かって言い放った。

ピクンと耳を動かす二人。

「ちょっと、どう言う事よそれ!!あたしも先生の作ったお菓子食べたいわよ!!」

「勝手に決めるなんて横暴ですわよ!!」

すぐさま駆け寄りケンカそっちのけで抗議する。

「大丈夫ですよ。ちゃんとみなさんの分用意してきましたから、ね?」

手を胸の前でぽんと合わせ、安心させるかのようにニッコリと優季は言った。

「さ、準備をしますからみなさん手伝ってください」

はーい、という返事の後女の子達はシートをひいたり、カップを出したりという作業にとりかかる。

優季もそれに続こうとするが、その前に、

「貴明さん。私達これからお茶にするんですが、一緒にいかがですか?」

と、唖然としながらやり取りを見ていた貴明に声をかけた。

「え、ああ。お邪魔しちゃってもいいのかな?」

ハッとしながらも返事をする貴明。

「ええ、もちろんです!」

その答えを聞いて優季は向日葵のように明るく笑うのだった。

 

「ふーん、ふふーん、ふーん」

鼻歌を歌いながら楽しそうに準備をしている優季。みんなとお茶をするのが余程嬉しいのだろう。顔がにっこにこである。

しかし他のメンバーはというと……。

「「「「じーーーーーーー」」」」

「……(な、なんだ?このプレッシャーは)」

一対四の睨めっこをしていたりするのである。

まぁ、子供達が貴明の事を一方的に見ているだけなのだが。

なんで自分が睨まれているのか解らず、少し引き気味な貴明。

この状態は暫く続くのだった。

 

「はい、用意ができましたよ……って何をしてるんですか?」

なんで貴明達が睨めっこしているのかわからず、首を傾げる優季。

「……せんせー」

オレンジ髪の女の子が、目線は貴明にセットしまま低い声で優季に話しかける。

「はい?なんですか?」

状況がつかめず、キョトンとした表情で優季が応える。

「この人と、どういう関係?」

貴明の事を指差しながら少女は言う。

他の子供達も興味があるのかコクコクと頷いている。

……目線は貴明に向けたままで。

「え、関係ですか?そうですねー……」

うーんと頬に手をあてながら考え始める優季。

その答えを固唾を呑んで見守る一同。

辺りにシンとした静けさが満ちる。

「あっ」

良い考えが浮かんだらしく、難しい顔をしていた優季の顔に笑みが戻る。

しかしそれはいつものほんわかとした微笑みではなく、子供が新しいいたずらを思いついたときのようなニヤリとしたものだった。

「貴明さんは……」

一同の喉がゴクリと鳴る。

そして優季は貴明の方に視線を向け、

「私の未来のだんな様、かしら?」

というようなことを頬を染めながら言った。

「「「「「え、ええ!!」」」」」」

それに驚く一同。

もちろん、その中には貴明も含まれている。

というか一番驚いているのが彼だったりもする。

「あ、貴明さん、なんですかその驚きようは?」

驚いた表情で固まっている貴明に対しジト眼を送る優季。

女の子達が驚いているのはともかく、貴明までもが驚いているのはお気に召さないらしい。

「あの時私に名字をくれると言ったのは嘘だったんですか?」

むーっとした表情で貴明を睨みつける優季。

怖い、というよりかわいいという表現が似合うその表情に、貴明はどう対処すればよいか解らなくなってしまう。

「い、いやあれはほら、子供の頃の約束だし……」

シドロモドロになりながらもそう応える貴明。

完全に腰が引けている。

その言葉を受け優季は口に手を当て眼を見開く。

「ひ、酷い!!私との事は遊びだったんですね!!」

悲しそうな表情を作り、正座していた足も崩し、ヨヨヨっと下を向いてしまう。

それを見た子供達が大爆発。

座っている貴明にズンズンと近づき、彼を見下ろしながら、

「ちょっとあんた!!何先生に酷い事言ってるのよ!!ぶっとばすわよ!?」

「男性の風上にも置けない人ですわね!!お猿さん以下ですわ!」

「先生を悲しませるとは……おい、下郎!!この私が黄泉路へと案内してやろうか!?」

「にいちゃん……呪うで?」

と、罵った。

子供ながらにもその迫力は凄まじく、貴明の目には怯えの色が浮かぶ。

が、このまま黙っていたら何をされるか解らない、と彼の本能が叫んでいたので、それに従って言い訳の展開を試みたりもしてみる。

「ちょ、ちょっとたんま!!」

両手を前に突き出し、自分と子供達の間を遮る。

そしていまだヨヨヨポーズをしている優季に向かって、

「つーか優季さん!!泣きまねしてるのわかってるから!!早くなんとかしてくれ!」

と叫んだ。

その言葉でプルプルと震えていた優季の方がピタリ、と止まる。

「あら、ばれちゃってました?」

舌をかわいらしく出しながら貴明達の方に振り向く優季。

「ああ、もうバレバレのバレまくりだから早くこの状況をなんとかしてくれ」

優季の変貌にお互い顔を見合わせ戸惑い気味の子供達なのだが、まだ貴明の前に陣取っている。

これでは精神的に落ち着かないというものだ。

「わかりました。他ならぬ貴明さんの頼みですから……」

この状況を作ったのは優季である。

「みなさん……」

優季の声によってみんなの視線が彼女に収束された。

「先ほど述べた事は……本当です」

「ほら、優季さんも本当だって……って本当?!」

愛想笑いを浮かべて子供たちをいなそうとしていた貴明だが、予想外の言葉に大仰天。

慌てて優季の方に視線を向ける。

その視線を受けて優季は天使のような笑みを浮かべ、

「ごー♪」

子供達にOKサインを出した。

「ちょ、ま、やめ、ぐわ!!」

一斉に子供たちに飛び掛られ、もみくちゃにされてしまう貴明。

子供達は噛んだり、引っ掻いたりとやりたい放題である。

もっとも小学生、しかも女の子達だけなので貴明の体に怪我を負わせるまでには到っていない。

そんな光景を眺めながら優季は入れたて紅茶を一口含む。

「全く、貴明さんたらあんなに驚く事ないじゃないですか。私にとっては大事な大事な約束なのに」

ぶちぶちと周りに聞こえないくらいの声で愚痴を言う。

先ほどの事に対して優季は珍しく怒っているようである。

「わたしにも嫉妬心というものはあるのです」

もう少し懲らしめてから助けてあげましょう。

結構意地悪な面があったりもする優季なのだった。

 

 

 

「では、息災と、友愛と、再会を」

 

後編へつづく……

 

 

 

あとがき

えーっと、色々と言いたい事がありますが、一つだけ。

最後の一文は読者様に向かっての優季からのメッセージです。本文との関係はほとんどありません。

はい、これだけ。後は後編での後書きに持ち越します。では。

 

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