味見

 

 

 

放課後の校舎裏。

「ははは、本当、かわいいなお前」

そこでは一人と一匹が楽しそうにじゃれあっている。

見ているほうの頬が緩む和やかな光景である。

しかしそれを不満そうに見ている人物一人。

「む〜、なんでタカくんにばっかり懐くの〜、ずるい〜」

そう、このみである。

彼女、なぜだか物凄く嫌われているため、猫に触らせてもらえない。

自分は触りたくても触れないのに、目の前ではとても楽しそうな光景が繰り広げられている。

これではフラストレーションもうなぎ昇りというものだ

「このみも猫さんと遊びたいのに〜」

黙ってみているのが我慢できないのか、口からは不満が出ている。

「しょうがないだろ。なんでだか知らないけど、お前猫に嫌われてるじゃないか」

そんなこのみを諭す貴明。

だが、猫を抱いている姿で言われても、このみへの説得力は皆無である。

「違うよ〜、このみが嫌われているんじゃなくて、タカくんが猫さんに好かれすぎなんだよ〜!」

む〜む〜っと両手を駄々っ子のように振りながら言う。

やっぱり、タカくん、松坂牛のニオイを出してるんだ!

「俺は人間だ!!」

このみのとんでも発言に抗議の声を上げる貴明。

そんなやりとりは暫く続くのだった。

 

「あら、こんな所で何騒いでいるの?」

そうこうしているうちに環が二人の到着。

二人は環と待ち合わせをするためにこの場にいたのである。

ちなみに場所を指定したのはこのみだ。

「あ、タマお姉ちゃん」

「タマ姉、ってあ!

環の姿を見るや否や、貴明の腕をすり抜け、どこかへ去ってしまう黒猫。

「あ〜あ、猫さん行っちゃった」

残念そうな声を上げるこのみ

「あら、もしかしてお邪魔だったかしら?」

「いや、あいつ人見知りするから、タマ姉の所為じゃないよ。きっと」

環の問いかけに対し、首を振りながら答える。

「そうそう、すっご〜く人見知りしてね、このみに触らせてくれないんだよ〜」

「でも、さっきタカ坊に抱っこされてたみたいだけど」

先ほどの光景を思い出し、環が言う。

「それは、タカくんが全身から松坂牛のニオイを出して、猫さんをみりょうしてるからでありますよ!!」

またもや凄い事を言い出すこのみ。

「あら、すごいわね、タカ坊。将来それで食べていけそうね」

「いけるかー!!つーか、このみもいい加減その事から離れるように!!」

真顔で言ってくる環とこのみに対し、抗議の声を上げる。

「えー。有力説だと思うんだけどんなー」

「思いっきり的外れだ」

「じゃあ、もしかして松坂牛の代わりにマタタビの臭いを出してるとか?」

「……もういい。さっさと帰るぞ」

付き合いきれないといった表情で、スタスタと歩き出していく貴明。

「あ、待ってよタカくーん!」

それを追うためにこのみも足早でかけていく。

「……マタタビ」

しかし、何故だか環だけはその場に立ち止まったままだ。

なにやら考え込むような表情をとったままで。

「ん?どうしたんだタマ姉。帰んないの?」

「タマお姉ちゃん?」

「あ、ううん。なんでもないの。さ、行きましょう」

こうして、三人は帰路につくのだった。

 

翌朝……。

「う〜ん」

急に訪れた寝苦しさから眼を覚ます貴明。

「何だ、この重さは……ってタマ姉!!」

寝苦しい原因……。

それは環が貴明の腹の上にどっかりと腰を降ろしていたからであった。

「あら、タカ坊。女の子に向かって重いとは失礼ね」

「いや、それよりも!なんでタマ姉が朝っぱらから俺の部屋にいて、あまつさえ俺の上に乗ってるんだよ!!」

頬に手を当てつつ、場違いな事をいう姉に対して早朝から突っ込みをいれる。

「ん?それはね、ちょっと確かめたい事があるからよ」

「確かめたい事?何さ?」

背筋に嫌な悪寒を感じつつも貴明は先を促す。

「……あら、確かめてもいいのかしら?」

そんな貴明に対し、急に妖艶な笑みを浮か出す環。

端から見れば色っぽいと表現できる笑みだが、貴明にとっては嫌な思い出を引きずり出されるものでしかない。

「……ランプ肉の触り心地、とかいうのは勘弁してくれよ」

多少、いや、かなり怯えつつも先手を打って動きを封じようとする貴明。

「ああ、それもいいけど今回は違うから」

「じゃあなんだよ?早く着替えたいんだけど、俺」

いい加減この体勢をなんとかしようと、とりあえず不満げな声を出してみる。

(早くどいてくれ)

という意味を込めて。

「そう、それはとっとと済ませろって事よね。うん、了解了解。では、タカ坊もOKしてくれた事だし早速……」

しかし、環は勝手に解釈し、一人でうんうんと頷いてしまう。

そしてその長い足で貴明の足を絡み取り、動きを封じる。

「え、ちょ、た、タマ姉!」

「ふふふ、じっとしていなさい、タカ坊……」

身動きが取れない貴明の顔に環の顔が近づいてゆく。

「ちょ!何この展開!!」

いつもとは違う環の態度に混乱を隠せない貴明。

なんとか抜け出そうともがいてみるも、完璧に固定された体は全く動かない。

そうこうしているうちに環の顔がどんどん迫ってきて……

……通り過ぎた。

カプッ

「ぎゃー!!!」

貴明の顔を通り過ぎた環は、なんと貴明の肩に噛み付いたのだった。

これにはさすがの貴明も悲鳴を上げる。

「た、タマ姉!!何するんだよ!!」

恐怖で半泣き状態になりながらも、なんとか抗議の声を絞り出す貴明。

ちなみに環は本気で噛んではいない、いわゆる甘噛みの状態である。

にも関わらずここまで貴明が取り乱すのは、やはり幼少期に受けた苦すぎる経験によるものであろう。

「ふん?ふぁふぁぼうのふぁふぃをふぁしふぁめふぇるんふぁけど?」

(うん?タカ坊の味を確かめているんだけど?)

「いや、何言ってるかわからないから!!とりあえず肩から口、離して!!離して!!」

「ふぃ・ふゃ」

(い・や)

「た、タマ姉―!!!」

更に大きな絶叫が、河野家を揺るがしたのだった。

 

数分後……

一しきり噛み終えた環は貴明を解放。

貴明は恐怖のあまり、開放された瞬間、環との距離をとるために壁に張り付いた。

今だにその足はガクガクと震えている。

「ふむ、別に松坂牛やマタタビの味はしないわね」

貴明を尻目に、顎に手を当てながら考え込むように言う環。

「してたまるかー!!ていうか信じてたのかよ、昨日の与太話!!」

もう、貴明はいっぱいいっぱいだった。

「ん〜、そういうわけじゃないけど〜、ほら、タカ坊っていい匂いがするじゃない?だから食べたら美味しいのかなーって」

「美味いわけあるか!!」

そんな子供じみた発想で噛み付かれる方は、堪ったものではない。

「全く、そんな事で人の肩に噛み付かないでくれよ。あ〜あ、赤い後が残っちゃって」

自分の肩を見ながら溜息を吐く貴明。

甘噛みとはいえ、数分以上も噛み続けていたのだ。赤くなってしまうのも当然である。

そんな貴明を見て、いたずらっ子のように笑いながら、

「なんかキスマークみたいねー」

と言った。

「ぶっ!!た、タマ姉!!」

思わず噴出してしまう貴明。

「あらー、タカ坊はお姉ちゃんのキスマークじゃ嫌なのかなー?」

「う……」

普段より少し高めの声でそう言われ、何とも言えなくなってしまう貴明。

ここで嫌と言った日には後でどうなるか想像もつかないからだ。

もちろん、悪い意味で。

「まぁ、それはおいといて。それよりもタカ坊、あなた勘違いをしているわ」

「な、何をさ」

「私はね、タカ坊。あなたの事、一っ言も『不味い』なんて言ってないわよ?

ニッコリと極上の笑みを浮かべながら環が口を開いた。

え?

貴明は環の言葉の意味を理解できず、間抜けな声を出してしまう。

「確かに味らしい味はしなかったけど、やわらかな噛み心地。そしてそれとともに香るタカ坊のいい匂い。ああ、お姉ちゃん、なんだかクセになりそう!

なにやら料理番組っぽい評価を出した後、両腕で肩を押さえクネクネとする環。

「え、う、嘘だよね?ってなんでこっちににじり寄ってきやがりますかー!!!」

恐れ慄く貴明。

しかし悲しいかな。そこはすでに壁際であるため、逃げる事はできないのである。

「まだ時間もあることだし、お替りを所望しようと思ってね」

ふふふっと邪悪な笑みを浮かべ、貴明を見つめる環。

流石にやばいと思ったらしく、覚悟を逃げ出そうとする貴明だが、

「当然、ご馳走してくれるわよね?タ・カ・坊?

「い、何時の間に?!」

気がついたら既に環は貴明の背後に立っており、しかも先ほどとは別の場所にもう狙いを定めていた。

「では、いっただきまーす!」

そして環の口が貴明をとらえ……

カプリ

「み、ミギャー!!!!!」

貴明の絶叫が木霊したのだった。

 

……その後、どうなったのかは本人達のみが知っている。

ただ、雄二の話によると、その日一日中死んだ魚の顔をしていた貴明に対し、環はまるで酔っ払ったかのように不自然なほど上機嫌だったと言う。

 

そう、まるで猫がマタタビをもらったかのごとくに……。

 

 

お後が宜しいようで

 

 

 

あとがき

はい、「味見」をお送り致しました。

うん、ふざけるのも大概にしろって感じの作品ですねー。

お遊びが過ぎたと自分でもわかっております。

しかし書かずにはいられなかった!!

……すいません。次回はもう少し真面目に書くんでそれで勘弁してください。

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