キツネの恋人
「貴明、貴明」
俺を呼ぶ声がする。
「貴明、起きて」
俺の布団が揺らされる。……なんだ、もう朝か。それにしても珍しいな。このみの奴が起こしにくるなんて。
「起きて、遅刻する」
ああ、はいはい。今起きますよ。
「んん、おはよう、この……ってええ!!!」
俺を起こしに来たのはこのみではなかった。
「おはよう貴明。どうした?そんなに驚いて?」
目の前にはうちの学校の制服に身を包んだキツネっ子が不思議そうな顔で立っていた。
「え、ちょっと、なんでキミが?」
「キミって……それが恋人を起こしに来た彼女に言う言葉か?」
ちょっと唇を尖らせ不満げに言うキツネっ子。って恋人?!
「ほら、早く仕度をしないと本当に遅刻する。私は下で待っているから」
「あ、ああ」
下に降りて行くキツネっ子をボケッと見送る。まだ頭が混乱から抜け出せていないのだ。
「なんなんだよ、いったい……」
ここの合鍵はタマ姉とこのみしか持っていないはずだ。昨日はちゃんと戸締りもした。だからあの子がここにいるのはおかしい。
「っと、もうこんな時間か」
時計をみるとそろそろ準備しないと本当に遅刻してしまう時間になっていた。
「ま、後で聞いてみるとしますか」
俺は着替えて下に降りて行った。
「やっと降りて来た。朝食はできてる」
台所で朝食をつくった後の片付けをしているキツネっ子がそう言った。
テーブルの上には焼き魚、味噌汁などの伝統的な日本の朝食が並んでいた。
「あ、ああ……」
「早く食べないと冷めてしまう」
「わ、わかった」
急かされたのでテーブルに座り、目の前の焼き魚を一口。
「あ、うまい」
前にこのみが作ってくれたものとは雲泥の差だ。
「?今日の貴明はおかしい。いつもはそんなこと言わないのに」
え、俺いつもこんなご飯食べてるんですか?
「それと、食べる前のいただきますが抜けてる」
「う、うん。いただきます」
「食べてから言われても」
クスっと笑われてしまった。……この子ってこういう風に笑うのか。
「どうした、私の顔を見て?早く食べないと遅刻してしまう」
「わ、わかった」
そうして俺は朝食を食べる事に専念するのだった。
「ほら、貴明早く」
「わかってる」
玄関でキツネっ子が俺を急かす。まったく、こいつはせっかちなんだから。時間はまだ十分あるってのに。
ってなんかなにげにこの状況に馴染んじゃてる!……いかんいかん聞きたいことがあったんだ。
「あ、あのさ……」
「ん、貴明……」
キツネっ子の手が俺の首元へ向かう。
「襟が整っていない。身だしなみはきちんとすべき」
「う、うん」
「まったく、貴明は口ばっかり。これで何回目だと思ってる?……ほら、直った。さ、早く行かないとこのみ達が待ちくたびれてしまう」
そう言うとキツネっ子は俺の手をとった。
「!」
思いもしなかった行動にビックリしてしまう。
「出発」
俺達は手を繋いだまま玄関から出て行った。
「……。」
「どうした、貴明?さっきから黙こんだままで?」
こちらを覗きこんでくるキツネっ子。無茶を言わないで欲しい。だって手を繋いでるんだぞ?恥ずかしくって喋るどころの騒ぎじゃない。
「……もしかして、手を繋いでるから照れてる?」
「い、いやそんなことは……」
「うん、わかってる。こんなのはいつものこと」
ええ!いつもこんな事してるんですか、俺達?!
「じゃあ、いったいどうした?」
「えーっと……」
俺が返答に困っていると、
「おーい、タカくん、ちゃるー!」
前方からこのみの声が聞こえてきた。タマ姉や雄二の姿も見える。
「今日は遅かったね。どうしたの?」
「貴明が準備に手間取った」
「あらあら、タカ坊もまだまだねー」
「けっ!彼女持ちの余裕かよ!羨ましい」
……これはどういうことだ?みんな本当に俺とキツネっ子が恋人同士だと思っているのか?
「あ、今日も手を繋いでるんだ。らぶらぶだねー」
「あー、もう!なんで貴明だけあんなに幸せそうなんだよ!俺と貴明のこの差はなんだ!」
頭を掻き毟りながら雄二が叫ぶ。そんな奴をこのみがまあまあと宥めている。
「ユウくんも黙っていればかっこいいのにね」
「口は災いの元っていうしね」
「け、姉貴みたいに凶暴な本性を猫かぶって隠してるような奴……ってあだだだだだ!」
雄二の言葉をタマ姉のアイアンクローが止める。
「誰が猫かぶってるっていうのかしら?」
「あだだだだだ!お、お姉さま、割れる割れる割れてしまうー!」
「あ、あはははは。まさに口は災いの元だね……」
「ふふ、みんな仲がいい」
タマ姉たちのやりとりを見てクスクス笑うキツネっ子。しかしすぐ表情を元に戻してしまった。
「本当のところは少し羨ましかった。このみ達の関係が」
少し俯きながら寂しそうに言う。
「え、でもあの子が……」
この子には相棒と呼べる存在がいたはずだ。
「よっちとは確かにいつも一緒にいたけど、あいつは私よりよっぽど社交的で友達も多かった。でも、私はこんなだから本当に仲が良かったのはこのみとよっちだけ」
この子も自分なりに努力したんだろう。でも自分の性格って変えようと思ってもなかなか変えられないものだからな。
「だけど、今の私には貴明がいる。それだけで、私はとても嬉しい」
ニコッと微笑みながらこちらを見る。こんなに真っ直ぐ言われると照れてしまう。
「いいなー、ちゃる。タカくんとらぶらぶ出来て」
そんな俺達を羨ましそうに眺めるこのみ。
「いや、らぶらぶっておまえ……」
「あ、そうだ!もう一個の手が空いてるんだから、このみとも手を繋いでよー」
「あほか。手を繋いだら鞄が持てないだろうが」
「そんなのユウくんに持って貰えばいいじゃん」
「俺が持つのかよ!」
タマ姉から開放された雄二が抗議の声を上げる。
「ね、いいでしょ?タカくん!」
俺の目の前で首を傾げるこのみ。
「と言われてもなー」
「駄目」
俺が答えるより先にキツネっ子が答える。
「貴明は私のもの。だからこのみが手を繋いではいけない」
そう言って俺の腕を抱きかかえる様にして持つ。……胸があたってるんですが?
「えー!ちゃるのケチー。このみにもタカくん貸してくれてもいいじゃない!」
「そうね、私にも少しは貸して欲しいわ」
このみの文句にタマ姉も加わる。しかしキツネっ子は引かない。
「駄目です。貴明は貸し出し禁止なんです。二人はそこにいる雄二先輩で我慢してください。」
「ええー!ユウくんじゃやだよー!」
「その通りよ、こんなヴァカはこっちから願い下げよ」
「酷い言われようだな、おい!」
「なんと言われようと駄目です。貴明、行こう」
俺の腕を掴んだまますたすたと歩き出す。口ではあんな事を言っていたが、今のキツネっ子の表情はどこか楽しそうだ。
「あ、まってよー!」
「話しはまだ終わってないわよ!」
「ふー、やれやれだぜ」
こんな感じで俺達は学校へと向かっていった。
キーンコーンカーンコーンとチャイムがなる。時刻は現在放課後となっている。
色々と考えてはみたものの、俺とキツネっ子の関係は謎のまま。雄二にそれとなく聞いてみても、
「なぁ、俺とあの子って恋人同士なんだよな」
「はぁ?なに当たり前の事いってるんだよ。おまえ、さては惚気か?俺に惚気話しをしたいのか!くー!彼女持ちだからっていい気になりやがって!」
と言われて首を絞められる始末だ。ほんと、どうなってるんだか。
「あ、たかあきくーん!」
俺が思考に耽っていると、委員ちょが俺の事をよぶ声が聞こえてきた。
「うん?どうしたんだ愛佳?」
「いつものお迎えですよ?ほら」
愛佳が示した先にはキツネっ子が鞄を持って立っていた。どうやら俺を向かえに来たようだ。
「邪魔者はこれで失礼しま〜す。お幸せに〜」
なんだかおばさん臭い事を言う愛佳に別れを告げ、俺はキツネっ子の方へ向かって行った。
「貴明、もう帰れる?」
「ああ、用事は特に無いしな」
「では、行こう」
そう言うとキツネっ子が俺の手を掴む。
「が、学校の中だぞ?」
こんな所で手を繋ぐなんてバカップルもいいところだ。
「?貴明やはり今日はおかしい。いつもの事なのに」
ええ!俺達学校の中でも手を繋いでるんですか?!
「やはりなにかあったのか?」
「い、いや何でもない。行こう」
俺はキツネっ子の手を引いてこの恥ずかしさから逃げるため歩き出した。
「貴明、今日はどうする?」
校門を出た辺りでキツネっ子が尋ねてきた。
「え、どうするってなにが?」
「この後の予定に決まってる。本当に今日はおかしい」
おかしいのは俺以外のみんなだっつーの。
「で、どうする?」
「うーん、そうだな。どこか行きたい場所ってある」
「私は貴明と居られればどこだって構わない。だから貴明が決めて」
その言葉に俺は思わず赤面してしまう。この子、サラリとすごい事を言うよな。
「貴明、顔が真っ赤。あ、今日おかしかったのはもしかして熱のせい?」
そう言っておでこに手を伸ばそうとする。
「い、いや、大丈夫だから、うん。」
「そう?」
「ああ、目的地も今決まったよ」
アイス屋や水族館とかでいいだろう。
「じゃあ、行こう」
「了解」
アイス屋、ゲームセンター、水族館などを遊び歩いて気が付くと、もういい時間になっていた。つまりお別れってことだ。
「今日はここまでだな」
「うん、楽しかった貴明」
「ああ、俺もだよ」
何時の間にか俺は疑問を気にせず、本物の恋人達のように振舞うことができた。
「じゃあ、私はこっちだから。貴明、また明日」
「うん、また明日な、ちゃる」
……あ、今俺ちゃるって。もしかしてこれが初めてじゃないか?彼女の事そう呼ぶのって。
俺がそう思った瞬間、
―――――――風が吹いた。
あまりの風の強さに俺は目を閉じてしまう。そして風が止んで目を開けてみると……。
「な、なんだここは!」
目の前に見渡す限りの草原が広がっていた。
「おいおい、どうなってるんだよいったい?」
辺りをキョロキョロ見渡すと一人の女の子こっちを向いているのに気づいた。
年のころは12、13歳。真っ黒なローブを着て、真っ黒な大きなリボンをした髪が水色の可愛らしい女の子だ。
女の子は俺と目が合ったのを確認すると、どこかへ向かって歩き出してしまった。
「あ、待ってよ!」
彼女は絶対なにかを知っている。俺はそう思い、彼女のあとを追いかけていった。
……どれぐらい歩いただろう?
ある地点まで来たとき、彼女は急に立ち止まり、こちらを向いた?
「キミはいったい誰なんだ?そしてここはいったい……」
女の子は俺の問いには答えず、片手を上げ、指先で円を書くように腕をまわした。すると、今までは何もなかった筈の空間に大きなスクリーンらしきものが浮かんできた。そしてそこに映っていたものは……。
「黒猫とちゃる……?」
そう、そこには黒猫にミルクをあげるちゃるの姿が映っていた。
『ねぇ、黒猫さん』
「なっ!!」
なんとそのスクリーンからはちゃるの喋り声が聞こえてきた。
『なんで先輩は私の事をちゃると呼んでくれないんだろう?私の事は「キミ」としか言ってはくれない。……そんなに私は嫌われているのだろうか?』
――――――俺はこの時理解した。呼び名というのがいかに大事かというかを。少し考えればわかる事だ。知らない人に「キミ」と呼ばれるのは別に構わない。でも友人からそう他人行儀に呼ばれるのはどうだろうか?俺だったら寂しい。雄二やこのみが急に俺の事をそう呼ぶようになったらすごく寂しいと思う。嫌われたのかとも感じてしまう。ちゃるは、俺の事は友人と思っていてくれたんだろう。それに俺は気づかなかったなんて……。なんて、無様。
『どうすればいいんだろう?いっそ恋人にでもなれば変われるのかも。でもそれは無理な話。先輩は嫌いではないけどやっぱりこのみは裏切れない。ってこんな事猫さんに話しても仕方ない』
彼女は黒猫を一撫でするとその場から立ち上がった。
『じゃあね、黒猫さん』
そう言って立ち去るちゃるを黒猫はじーっと眺めていた。そこで映像は終わった。
「で、君があの黒猫さんかい?」
信じられない事だが、俺は半ば確信を持ってそう尋ねた。
「……(こくん)」
予想通り女の子は頷いた。でも別にビックリすることではない。俺の知り合いには宇宙人や時間跳躍ができた女の子もいる。
「そっか。俺に気づかせてくれたんだね?ありがとう」
そう言って俺は女の子の頭を撫でてやった。気持ち良さそうに目を細める彼女。
「じゃ、そろそろ戻してくれないかな?現実でちゃるの事をきちんと呼んであげたいしね」
そう、たぶん先ほどまで体験してきたのは全てこの子の能力で作られた夢か何かだろう。俺に気づかせる為のな。
俺の言葉にニコッと笑いながら頷いた彼女が、胸の前でパンっと手を叩いた。
「!!」
すると、辺り一面が光で包まれた。そしてその光を浴びた瞬間、俺の意識は遠のいていくのだった。
目を開くと、俺は自分のベットの上にいた。
「なんだ、夢か」
いや、でもあの事は覚えている。
「いい機会だし、いっちょやってみるか」
今度あったらちゃんと呼んであげようと心に決める俺であった。
現在通学路、俺はこのみと一緒に歩いている。
「あ、このみ!」
後ろからタヌキ……いやよっちの声が聞こえてきた。
「おはよう!このみ!」
「うん、おはようよっち。あれ?ちゃる、どうしたの?」
ちゃるは挨拶をせずに下を向いている。
「ああ、こいつなんか朝からおかしくてさ、どうしたって聞いてもなにも言わないし」
首をかしげるよっち。本当、どうしたのだろうか?
「おっとセンパイにも挨拶しなきゃ。おはようございますッス、センパイ!」
「ああ、おはよう。よっち、ちゃる」
「へ?」
急に間の抜けた声を上げるよっち。
「せ、センパイ?今なんて?」
「え、おはようって挨拶しただけだけど?」
「いや、その後ッス!」
「ああ、よっち、ちゃるって言っただけだけど」
「ええ!!」
大声をあげるよっち。ちゃるも顔を上げてこちらをみる。
「なんだよ急に大声出して?」
「いや、だってセンパイがあたし等の事そう呼んでくれるなんて初めてじゃないッスか?」
「うん、そうだっけ?」
しらばっくれる俺。無論初めてである。
「そうッスよ!急にどうしたんッスか?いや、そう呼ばれてあたしは嬉いッスけど」
「……私も嬉しい」
二人してこちらの顔を見つめてくる。
「う〜ん、しいて言えば……」
「しいて言えば?」
「黒猫さんのおかげかな?」
「!!」
「はぁ?なんスかそれ?」
わけがわからないという顔のよっちに対してちゃるは驚きの顔だ。ん?この反応はもしかして……。
「せ、先輩もしかして……」
何か言いたげなちゃる。
「ん?そうそう、ちゃるって本当に料理が上手いんだな」
「!!!」
やっぱりな。同じ夢をみてたのか。
「え、なんでセンパイがそんな事言えるンスか?」
「色々あったんだよ、色々とね。ね?ちゃる」
俺の言葉にちゃるは顔を真っ赤にして下を向くばかりだ。
「わけがわからないッス……ってちゃる!なんであんた顔真っ赤なの!」
「わー、ちゃるリンゴみたい」
「う、うるさい!気にするな!」
「あ、もしかして先輩となにかあったの?そうっしょ!」
「え〜、タカくん、何があったの?」
このみが俺を見てそう尋ねてきた。
「さて、ね。さぁ早く行かないと遅刻しちまうぞ?」
そう言って俺は駆け出した。
「あ、待ってよー、タカくーん!」
「センパイ!白状して下さいよ〜!」
「……」
俺の後を3人が追ってくるのであった。
そしてこれは俺の空耳かもしれないが、俺は走っている最中、どこからか
「にゃ〜」
っと鳴く猫の声が聞こえた気がしたのだった。
おわり
あとがき
無理しました。今回は前回(タヌキとキツネのお友達)よりも更に無理をしました。夢オチまで使っちゃいましたいね。
ということでお送りしました「キツネの恋人」如何でしたでしょうか?今回も突っ込み所がたっくさんありますねー。でも全て無視。気にしないで下さい。それは私が一番わかってますから。つーかすいませんでした。
本当は貴明とちゃる(覚えた)のラブラブな話にする予定でしたが、無理というより無謀でした。私の能力では今のところこれで精一杯。限界です。今後に期待ということで(いるのか?期待する人?
あと、今回はネタは無しです。無しったら無しなんです!!(必死)だからあの女の子は某ムーンプリンセスに出てくる某使い魔ではありません!ええ、決して!それにこのゲームいんな人がいるから人間に変身する猫がいてもいいと私は思います。なので気にしないで下さい。たぶん今回だけなんで。
最後にリクエストされた方、本当に申し訳ない。御希望のものとは全然違うと重々承知ですが、今回はこれで我慢してください。
というわけで今回はこの辺で。また次回でもお会いできたら嬉しいです。ここまで読んで下さってありがとうございました。
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