あべれーじ(2)
「あー、朝から疲れた」
取り合えず愚昧からワイシャツを奪い取った俺は、それを手に持ったまま階段を下る。
もちろん格好はパジャマのままだ。着替えていけばいいというやからもいるかもしれんが、こんな人肌がついたもの、すぐ着れるわけねーっつーの!!暫く冷ますか義母さんに頼んで新しいものに交換してもらうかが俺の持つ選択肢である。
などと考えているうちに居間に到着。ドアに手をかけ、
「おはよー」
自分でもわかるくらい疲れた声を発し中に入っていった。
「おはよう、弟」
聞こえてきたのは涼やかなる声。出所に目を向けてみると、冷めた瞳が特徴的な長髪メガネの女性が立っていた。
メイド服で。
……。
……メイド服で?
「……なんでさ?」
「うん、それはどういう意味だ?いつも寝坊してくる母に代わって朝食を作るのは私の役目だろうが」
「いや、姉さんがいるのは別にいい。いつもの光景だしな」
この後に義母さんが「ごめーん」とか言って入ってくるのがうちの日常。
「うむ、そうだ」
無意味に胸を張る姉。だがこちらの言いたい事はそれではない。
「そうじゃなくて!俺が疑問に思ったのは何故にそのような南蛮かぶれの服装を着込んでいるということだ!!」
「む、これの事か?」
自分でスカートの裾を持ち上げ、自分が着ている服を観察する女性っていうか姉。
名前は響といって俺の義姉で愚昧の実姉である。
妹とは違うベクトルの方の美人で、奴を可愛い系と称するならこちらは知的系というやつらしい
また、サッパリした性格、断定的な口調、それでいて面倒見も良いので男女共にファンが多く特に女性ファンは綺羅の奴を凌ぐほど。
胸のボリュームでは愚昧に一歩劣る物の、それ以外では決して引けをとらないパーフェクト超人なのだ。
まぁ俺に言わせれば「だからどうした」なのだが。
例によってこの人とも昔からの付き合いなので俺にとっては姉以外の何者でもないので、顔の造形が美しくてもあんまり関係ない。
姉さんは姉さん。
昔も今もこれからも俺にとっては姉でしかない家族の一員なのだ。
でもさ、それでも疑問に思う事はあるわけよ。
だってさ、曲がりなりにも女の子なのに『あの』喋り方なんだぜ?どうかとおもうだろ、ふつー。
今は性の中性化が進み、昔ほど言葉使いに男女差は表れなくなったといっても流石に、流石に素で「うむ」とか言うのはなんか間違っている。そんなことねーよと思う奴は周りを見て欲しい。いるか?こんな喋り方の女。少なくとも俺は今まで生きてきた人生でこんな特徴的な喋り方をする人なんて姉さん意外見た事ないね。
だから前に言ったんだよね「その喋り方はおかしい」って。だけどこの人、「人は人、私は私。気にするな、弟よ」とかいって全然聞きやしない。
固有名詞を使わない事にも注意(つーか『弟よ』とかいうのもどうよ?)はしてはいるんだが、言葉使いと同じく直らない為今では放置にいたっている。
だが、誤解しないで欲しい。俺は決して諦めてなどいない。いつかこの無愛想姉に人並みの言葉を喋らせるのが目下の課題である。
「うむ」
俺が決意を新たに拳を握っていると、前方から感心したような声が届いてきた。
「正解、か。なかなかやるな、あいつも」
「は?何言ってんだ、姉さん?」
妹と同じくどっか抜けているこの人である。もしかしたら悪い電波でも受信したのかもいれない。
「この服を着れば弟が私に見とれるというからな。試しに着てみたのだが……」
そう言って姉の目線は俺の握っている拳に注がれる。
「まさか、そこまで効果があるとは思わなくてな」
何やら満足そうに頷き、随分とサッパリとした笑みを顔に貼り付ける。
ていうかこの人、もしかしてこの拳を別の意味に捉えていたりしますか?
「なんか勘違いしてないか?」
訝しげな視線を送る俺に向かっていやいやと首を振る姉。
「隠す事は無い。君に劣情を抱いている人間としてはそれは、とても嬉しいことだ」
「劣情って……」
「性欲の対象として見ているという意味だが?」
「そんな事聞いてるんじゃねー!!ていうか女の子がそんなことを軽々しく口にしちゃいけません!!」
「だが好きな人には素直になった方が良いと我が友も言っていたのだが」
コクリと首をかしげ不思議そうな顔で尋ねる姉。
「あんなコスプレオタクのいう事なんざ信用するなー!!!」
まったく、あの有害人間が!うちの姉はありえないほど素直なんだから余計な事は吹き込まないで欲しい。
人のいう事は大抵信じてしまう。これがこの才色兼備姉の抜けている所である。
「ふむ。ではこのような格好はやはり私には似合わんか」
胸に手を当て、残念そうに呟く姉。この人結構可愛いもの好きなんだが自分のキャラとは合っていないと思っているらしくそういったものから距離を置いている節がある。
まぁ別に変ではないし、その手のやからが見たら涙を流しながら写真でも取りそうな勢いはあるが俺としてはそんなものには興味がないからな。こちらの価値観で判断させてもらうと、言うべき事は一つしかない。
「ああ、似合わん」
「……そうか」
俯きながらそれだけ搾り出すとくるりと俺に背を向ける。
「……すまないな、朝から見たくないものを見せてしまって。少し調子に乗っていたようだ」
「……」
「……今着替えてくる」
「そうしてくれ。いつもの格好の方が何倍も似合ってるんだからよ」
「……!!」
俺の言葉に姉は振り向き驚いたように目を見開く。
「うん?どうした、姉さん?」
「……私を、嫌わないでいてくれるのか?」
「はぁ?それぐらいで好きも嫌いのねーよ。わかったらとっとと行って来てくれ。早く飯が食いたいんだ」
プラプラと手を振り早く行くよう促す。
「ああ、まかせてくれ!」
そう言うと先程からはうって変わり、嬉々とした表情でドアから出て行った。
「あれー、姉さんどうしたの?」
そして入れ違いに入ってくる妹@制服バージョン。
「なんかメイド服で随分と嬉しそうにしてたけど……ってまさか!!」
びっくり仰天と一歩後ろに下がりこちらに向かって驚いたような表情を向ける。
「兄さん、あの格好の姉さんに誘惑されて襲っちゃったんだ!!」
……なーにを馬鹿なこと言ってるんだろうねー、この阿呆は(怒)
「情事の後だから姉さん、あんな嬉しそうにしてたのねー。うん、謎は全て解けた!!」
ニッコリ笑ってVサイン。
なーんも解けてねーんだよ!!この特大馬鹿が!!
俺の内部の怒りなど全く気にも留めず、奴は表情を変えて顎に手を持っていく。
「でも姉さんだけってのはやっぱりズルイよね……」
不穏すぎることをいった後奴はポンと手を叩き、
「うん!ここは一発私ともってことで……みぎゃ!!」
「よし。お前はもう喋るな」
全部喋らせる前に俺の右手が奴の頭を掴む。
「ちょ、ちょっと兄さん!!流石に前回と同じオチを使うのは不味いって……痛い!痛いってば!!」
「はっはっは。知らないなー、そんな事」
俺が朗らかに笑っていると、
「……何をしているんだ、弟に妹」
着替えを終えて制服姿に身を包んだ姉がご登場なさった。
うむ、やはりいつもの格好のほうがいいな。
あ、でも誤解しないように。俺は決して制服好きというわけではない。ただ先程の奇天烈な服よりはまともにみえるって事だ。
「あ、そういえば姉さん。さっきツッコミ忘れてたが不穏な発言は禁止だからな。家族間でも無闇に好きとかいうのは誤解を招く可能性があるから」
「その点は大丈夫だ」
ふふっと笑いながらそう言う。
お、流石は姉さん。この愚昧とは違うって事か。
「家族間ではなくちゃんと異性としての好きだからな」
「余計悪いわ!!」
そんなギャルゲー展開は断じて認められん!!
「ち、ちなみに私もそのうち兄さんには膜を破ってもらいたいかなー……ってギブギブギブ!!」
「はっはっはー。良かったな愚妹特別に今のは聞かなかった事にしてやるよ」
「ってどんどん力が強くなっていてるんですけどー?!」
「本当に二人は仲がいいのだな。私としては少し妬けてしまうな」
「そ、そうでしょ!私と兄さんはら、ラブラブ!!って嘘、嘘です!!調子乗ってました!!」
「姉さん。こっちのことは放っておいていいからさっさと飯、よろしく」
「うむ。では愛する弟の為に頑張って作るとするか」
「あー、もうだからそういう不穏な発言はだなー……」
俺の声を華麗にスルーし、姉はスタスタと台所まで歩いていってしまった。
そして聞こえる調理の音。
「に、兄さんってさ、姉さんには甘いよね」
「分別があると言って欲しいな。流石に年上には手を上げられん」
「だ、だったら私の方が兄さんより数ヶ月年上なんだけど?」
「は!お前を敬えってか!!そうして欲しければこの脳みそ全換えしてこいってんだよ!!!」
「み、みぎゃーーーーーーーーーー!!!!!」
こうして俺は飯どきすら騒がしく過すのであった。
続く……
あとがき
素直クールに挑戦してみたんだけど、ムズイ。
なんかお姉ちゃんがわけのわからんきゃらになってしまった。
ちなみにこの話、今後もこういった「濃い」面子が登場する予定。
それでも読みたい!!って奇特な方がいらっしゃったら一報下さい。続けます。
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